言霊の幸わう国

ひとりと孤独

 元旦から2日にかけての深夜、実家の部屋で古い写真を見ていた。
 お風呂上りですぐ寝るつもりが、なにげなく目についたアルバムの1冊を抜き出したが最後。
 そこから時間を追ったりさかのぼったり、しまいにはまだアルバムに収めていない写真の束も見ないと気がすまなくなり、すべて見終わったときには体からはすっかり温かさが抜けてしまっていた。

 写真は2000年あたりから2009年ごろまでで、途中までは無印良品のそっけないポリプロピレンのアルバムに収めてある。
 ともだちの誕生会、職場、恒例だったのお盆のキャンプで写したものもあったけれど、ほとんどが旅先の写真だった。

 急かされるように、ページをめくった。
 景色も多いけれど、目に留まるのは人が写っているものだった。

 何年にどこに行ったか、もうすぐに答えることはできない。
 アルバムの背表紙書いた年月も、いくつのときに何をしていたかすぐに思い出せないから、確かめてみてもあまり意味がない。
 でも、誰とどこへ行ったかは忘れたりはしない。
 写真を見ていると、小さな出来事がくるくるっと脳の中で風を起こすように思い出された。

 ひとり旅をするようになってから、旅はずっとひとりでしているような気になっていた。
 でも意外に、と思うくらい、たくさんの人とわたしは旅をしていた。
 旅をするわたしの周りには、たくさん人がいた。

 先月、久しぶりにひとり旅に出かけた。
 その旅はほんとうに楽しくて楽しくて仕方なくて、帰ってきてからあちこちでそう話すと、ひとりでなんでもできるような顔をすることに、たくさんの人から笑って心配され、最後にやんわり諌められた。
 みんなのそんな思いはうれしかったけれど、それでも、やっぱりひとり旅はやめられないなあなんて思っていた。

 でも、と元旦の夜、古いアルバムをめくり終えてはたと気づいた。
 12月、たくさんの人から最大の賛辞をもらったのに、自分はどこかでひとりだと感じていたんじゃないかと。
 そして長いこと、いろんな人とたくさんの場所に訪れ、たくさんの景色ときもちを共有していたのに、ずっとひとりで旅をしてきたような、生きてきたかのような気になっていた。

 あぁ、ほんとうにごめんなさい。

 わたしはひとりで時間を過ごすということと、孤独であることをはき違えていた。
 
 きっと、いや、だからか、いつまでも肝心なときに寂しいと言えなかったり、人を頼ったり、甘えたりすることにためらってしまうのかな。
 そう考え出したら自問自答ブラザーズのジモンとジトウが現れて、いつもの迷路に迷いこんでしまうのだけれど、これはきちんと乗り越えないといけない気がする。
 新年早々、大きな命題がやってきた。
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by fastfoward.koga | 2015-01-04 22:03 | 一日一言