言霊の幸わう国

蓄積しても重くない

 昨日、母に小さなバックを買ってもらった。
 いつも使っている長財布すらも入らないバック。
 でもなぜか最後まで手放せなくて、最後は一緒にいた叔母の「小さい財布買えばいいやん」のひと言が決め手になった。

 荷物の少ない女に憧れる。
 小さなカバンで、出かけられる自由気ままさが女のかわいさのような気がしている。

 こんなこと、昔も書いたな。
 ここで検索かけたら、出てくるな。
 それがわたしの歴史であり、ここに蓄積した記憶でもある。

 先日、財布をなくした(数日後には無傷で発見されたが)。
 そのとき、クレジットカードやキャッシュカードの紛失手続きを取りながら、スマホでなくてよかったと思っている自分がいた。
 スマホには、ご縁であるたくさんの人の連絡先と誰かと過ごしたスケジュールと大切な人とのやりとりが記録されている。
 それは記録であり、記憶でもある。

 今日買った『小泉今日子書評集』に、こんな一文があった。
「あなたの一番大切なものは何ですか? と訊かれたら、私は迷わず『記憶』と答える。(中略)私の記憶は私が私であることの証明みたいなものなのだ。」

 小泉今日子の言葉どおり、記憶はわたしそのものである。
 たとえ荷物を減らすことができても、記憶を失わない限り、感じる重さは変わらないのかもしれない。
 だったらせめて忘れても大丈夫だと自分を宥められるように、ちまちま書き留めよう。 
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by fastfoward.koga | 2015-11-22 23:00 | 一日一言 | Comments(0)