言霊の幸わう国

言葉にして

 わたしの男ともだちはみな、飲みに行くといつも黙ってわたしの話を聞いてくれる。
 ふんふんと相槌を打ち、わたしの言葉がいったん切れると「気がすんだか? まだ聞くで」という表情をしてくれる。
 それをされると照れてしまって、まだ話そうと思っていたことがあっても「もう気がすみました」と飲み込んでしまう。
 ともだちのなんでも聞くぞという姿勢から見える心意気に、聞いて聞いて! というわたしの思いはもういいやと降参してしまうのだ。

 一方の女ともだちはみな、わたしが話し始めるとところどころナイスなタイミングでナイスな質問をしてくれる。
 絶妙な合いの手にうまく話を引き出されながら、それまで頭の中になかった答えが新たに出てよく驚くことがある。
 そうすると、話しながら胸の中にあった決心がさらに固まって、自分がパワーアップするような気がしてくる。

 ずっとずっと昔、なんで自分のきもちをまわりはわかってくれないのだろう、と思い悩んだことがあった。
 話そうとしないわたしのきもちをテレパシーでわかる宇宙人のような人なんているわけがないと、今なら自分のわがままさ加減を笑うことができる。

 思ったり考えたことを誰かに知ってほしいと思ったら、ちゃんと言葉にしないと相手には伝わらないのだ。
 だから、今のわたしは伝えたいことは必ず話すか書くかどちらかをする。
 でも、まだ言葉足らずになることは多い。

 そんなとき、いつもみんなに助けてもらっている。
 ほんとうにありがたい。
 ともだちは自分を映す鏡だ。

 それなら、せめてわたしも誰かの鏡になれるように、書き続けていかねば。
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by fastfoward.koga | 2005-08-16 16:27 | 一日一言