言霊の幸わう国

9月9日の夜

 ふと、思い出した。
 あるころのわたしは、やたらと「怖い」という言葉をくり返していた。

 そのあるころのわたしには、心から信頼して甘えられる人がいた。
 今思い返すと、甘えられる人がいたから発することのできた言葉だったのかなとも思う。
 なぜなら、今のわたしはあのころほどだらしなく甘えられる人もいないからだ。
 そんな書き方をすると、なんだか自分はとっても悲しい人みたい。
 でも決してそういうことではなくて、でもそれは事実だと自分では捉えられることでもあったりする。

 一体、あのころのわたしはなにが怖かったのか。
 一生懸命思い出そうとしてみたが、思い出せたのは人から傷つけられることだけだった。
 確かそれ以外にも、山ほど怖いものがあったはず。
 でも具体的には思い出すことは、もうできなかった。

 そういう自分を、幸せなのかなと思った。
 思い出せないくらいなのだから、それくらいのものだったのだと。
 でもさらにまた考えると、わたしは今見えている世界のさらに外の世界を知らないだけなのかもしれないとも思う。
 たとえば、怖さも感じないくらい外に意識が向いてないとか、感じずにすむようにバリアを張っているとか、そういうことをしていないとは言い切れないな、なんて。

 そうしてまた、思考のメビウスの輪にはまってしまった。
 こうして書きながら、またさらに深く深くはまっていく自分を感じる。
 でも、そんな自分はいやじゃない。
 怖さを感じなくなった自分も、否定することはないかなと思う。
 今こんなことを考えていれば、次に怖いと思うなにかに出会ったときにより明確に鮮明にその思いをつかまえることができるかもしれないし。

 こんなことを、ハイでもなくローでもない自分で考えた。
 今日は9月9日の夜なのにな。
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by fastfoward.koga | 2005-09-09 22:22 | 一日一言