言霊の幸わう国

四つ葉のクローバーを探して

 わたしには、そのときどきとっても気になるモノがある。
 そのモノは、目をそらさずに見つめているとどんづまりになったわたしにヒントをくれる。
 なぜ気になるのかを突きつめて、突きつめて考えてゆくと、そのときの意識していなかった自分の思いが見えてくるのだ。

 たとえば。
 数年前は、いすがそうだった。
 いすはわたしにとっては安らげる場所。となりにすわるその人と対話ができる場所の象徴だった。
 だからその時期は、本物のいすは部屋が狭くて置けないので、雑貨屋さんに行っては小さな飾り物のいすを見つけては買っていた。
 それも必ず、2脚。
 その2脚を、ちょうど90度の角度をつけて飾ってていたのだ。
 話したい誰かにそこにすわってもらえるように、いつもいつもイメージして。

 最近なら、四つ葉のクローバーが気になる。
 今日も、雑貨屋さんで四つ葉のクローバーの書かれたメモ帳や便箋を見つけたとき、買おうかと思ってしまった。
 よく考えると、今必要なものでもないので買うことはしなかったけれど。

 なぜ、四つ葉のクローバーなのか。

 四つ葉のクローバーで思い出すことといえば、小さいころともだちと四つ葉のクローバーを探したことがあったけれど、わたしは一度も自分で見つけることができなかった。
 あまりのクローバーの多さに、目が泳いで根気よく探しきれないのだ。
 となりにいるともだちが見つけた! と声を上げると、まあいいかと思う自分がいつもいた。

 四つ葉のクローバーが象徴するもの。
 それは、根気よく幸せのしるしを探せない自分へのもどかしさとあのころへのノスタルジーなのかもしれない。
 と、自分なりに考えて思う。

 よって、懐かしさを探しもとめることはおいておいても、幸せのしるしを今からでも探さなくてはいけないのだ。
 それが、今のわたしが求めること。
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by fastfoward.koga | 2005-10-08 23:53 | 一日一言