言霊の幸わう国

シンクロ

 会社帰りに、電車でいつものように本を読んでいた。
 するすると文章を追っかけていると、ある言葉で思考が止まった。
 それは、ずっと前に、何度も励まされた短編小説に書かれていた言葉だった。

 同じ言葉を、10数年間のうちになんども耳にしていた。
 でも、今日読んだ小説ではあのときとまったく同じ意味で使われていた。
 本来の言葉の意味とは少し違う、それぞれの作者の思いの込められた言葉。
 わたしのきもちは、思わず過去と今とを一瞬のうちに行き来した。

 わたしはすきな人ができると、相手に同調しようとする。
 同意でも、共感でもなく、同調。
 恋愛でなくても、ともだちや家族でも、人とのかかわりの中では、ほんとうは共感ができればいいのだと思う。
 わたしはあなたと同じ意見よ、ではなく、わたしはあなたのそう考えるきもちがわかるわ、ということ。
 それがわかっているのに、わたしは相手の考えや思いに時間的な制約までつけて理解しようとする。
 わたしはあなたが今、そのとき、そう考えたことが理解できる、というように。

 素直に会いたい、一緒にいたいとうまく伝えられないので、離れたままでもなんとか相手の思うこと、考えたことに調子を合わせようとする。
 そうなんや、そうやんねという言葉で、ただ相手に安心してもらいたいと思ってしまう。

 今日は、いつまでも同じ言葉で立ち止まっている自分に驚いた。
 帰って、なつかしい本を広げたら、12年以上も前に読んだものだった。
 そんなところから成長していない自分に、涙が出た。

 人をすきになることは簡単。
 でもその思いを継続したまま、相手とのかかわりを持ち続けることは結構難しい。
 同じ失敗をくり返している自分のことが妙に納得できる発見だった。
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by fastfoward.koga | 2005-11-05 00:42 | 一日一言 | Comments(0)