言霊の幸わう国

仕事依存症?

 今日は、目覚ましをかけずに起きた。
 すごくぐっすり眠ったのに、なぜかすっきり目覚められなかった。
 熱めのお風呂に入って、ゴハンを食べて、さぁ支度をしようと部屋に戻ったけれど、しばらくぼーっとベッドの上で過ごした。

 前日が夕方までの勤務で、翌日が昼からの出勤になるとよくこうなる。
 時間やきもちのバランスを崩してしまうのだ。
 でも、今日のは、いつもよりひどかった。

 たいていは会社のエレベータでこのどんより感は断ち切れるのに、今日は引きずったまま仕事を始めた。
 少し早めに自分のデスクの前に座って、資料を広げ、パソコンの電源をオンにした。
 簡単な仕事から始めて、なんにも考えずに手を動かしていたら、ふと無性に泣きたくなった。

 うちで、ひとりでいたら、きっとうわんうわん泣いていたかもしれない。
 手で顔を覆って、外へ出ようとしたなにかをうまく受け止められたら、よかった。
 でも、今は職場のデスクで、わけもわからず泣くわけにはいかなかった。

 自分でもよくわからないまま、その感情は意識したとたんに波のようにさっと引いた。
 そう確かに引いたけれど、自分のまわりに膜のようなものが残ったのを感じた。
 けれど、気づいたらそんな違和感はなくなっていた。
 これでいいですか~? という質問に答え、クレームの応対にまごついているところに頭を突っ込んで、ああでもないこうでもないと言っていたら、いつもの仕事のペースに戻っていた。
 
 いつも思う。
 仕事は、わたしにとって自分を当たり前の世界に戻してくれるツールだと。
 仕事をしている限り、自分はまともな精神生活をしていけるし、自分で自分をすきでいられるのだ。

 仕事をしていなかったら、と思うと怖い。
 きっとタガが緩んでしまう。
 こういうのは、仕事依存症なのかな。
 考えすぎか?
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by fastfoward.koga | 2006-01-30 00:00 | 一日一言 | Comments(4)
Commented by tabijitaku at 2006-01-30 08:25
とって誰かに、あるいは何かに必要とされないと自分を見失う。そして誰かを、あるいは何をも必要としなくなっても自分を見失う。とわたしは思っています。働く事にある種の安心感があるのは、そこが基本的に「自分を必要としてくれる」場だからではないでしょうか?もちろん、働き手にスペアはあるのかもしれないけど。「自分を必要」を確認できたら、もう一度ゆっくり「自分の必要」を見直されてはいかがでしょうか?
Commented by fastfoward.koga at 2006-01-30 10:47
tabijitakuさん、おはようございます。
そうですね。見つめなおしてみます。
「自分の必要」を。
Commented by skasset at 2006-01-31 00:56
泣きたくない日があるからこそ、泣きたくなる日もあるのでしょうね。
Commented by fastfoward.koga at 2006-01-31 01:01
skassetさん、もう少し泣きたくなる日を続けてみます。