言霊の幸わう国

キャッチボール

 自分の思いを、まっすぐに伝えることのできる人。
 ここに何度も記してきたように、わたしも自分自身そうでありたいと思っている。
 頭の中や、胸の中にあるものがどんなに複雑でひねくれていたとしても、表に出すときはまっすぐなものにしようと。

 それなのに、わたしはそのまっすぐな思いを伝えられて、しっかり受け止めることができなかった。
 ほんとうならもっとうまくできたはずだと思う。
 でも、相手のあまりの正直さにどぎまぎしてしまったのだ。
 きっとうれしいと感じたことすら、表情にも出せなかったはず。

 褒めたり、かまったりしてもらいたいわりには、それをされるととても恥ずかしいという思いが湧き出てくる。
 特に正面から言われると、視線を下げたり、口元を手で覆って表情を隠してしまう。
 せっかく言ってくれているのにとは思うのだけれど、どうしても恥ずかしさが勝つのだ。

 たとえば、誰かをすきになったとき。
 今までわたしは、相手に対して勝負を挑んでいた気がする。
 わたしが投げる球を打ってみろ~というように。

 でもそうじゃないなと、気がついた。
 わたしがほんとうに投げたいのは時速150キロの剛速球ではないし、相手にその球を打ってほしいわけでもない。
 すきだと思った人と、ただキャッチボールがしたいだけなのだ。

 向き合って、相手が取りやすいところに取りやすい球を投げる。
 そして、相手にも取りやすい球を投げようと思ってもらえるように。
 お互いのきもちや状況を推し量りながら、球を速くしたり遅くしたりしてキャッチボールを続けることができるのが望んだ形なのだとやっとわかった。

 恥ずかしさがまだまだ勝ってしまって、わたしはワンバウンドでしか返せていないことが多いはず。
 けれど、投げてもらった球はちゃんと相手に届くようにしてきたいと思う。
 そしてできるだけ早く、相手の手の中に納まったとき、どっしりと重さも感じてもらえるようにがんばる。
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by fastfoward.koga | 2006-03-12 11:02 | 一日一言