言霊の幸わう国

本への礼儀

 最近は、携帯用の文庫本のカバーを読む本によって使い分けている。
 今までは、Y嬢に誕生日にもらった深いグリーンのカバーを使いつづけていたのだけれど、なぜか懸賞でふたつもブックカバーが当たったので、せっかくだしと使うことにしたのだ。

 ひとつは、ディズニーの懸賞で当たったもの。
 もうひとつはどこかの出版社の懸賞で当たったもの。
 こちらはふたつともビニールでできている。
 不思議なことに、ブックカバーを替えることが、その作品へののめりこみ方に違いを生んだような気がした。

 本を読むということは、もちろんその作品を楽しむこと。
 でも、わたしの場合はそれだけではなくて、どこでどんなふうに読むかも本を楽しむために必要なのだ。

 旅先で読む本、仕事が忙しくなりそうなときに読む本、明日は休みだというときに読む本。
 騒がしい街中で集中して読む本、乗り物の中で読む本、部屋でひとり読む本。

 もちろん作品によってすききらいはあるけれど、どれも初めて読むときには同じように、まっさらなニュートラルなきもちで読み始めようと思う。
 それが本への最低の礼儀のような気がしている。

 そういうことを心がけていたら、本の神様がこれからもたくさんのいい本と巡り会わせてくれるんじゃないかな、なんて。
 わたしは、この世から作家がいなくなったら、本がなくなったら、生きてはゆけないのだ。
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by fastfoward.koga | 2006-04-20 22:55 | 一日一言 | Comments(4)
Commented by mackworld at 2006-04-20 23:59
◆最近はねぇ、枕の横に20冊くらい積んであって、とっかえひっかえ部分読みという情けない読み方をしてまする。
1冊を1晩で読みきるという爽快感を忘れてしまってますなー、あきまへん。
Commented by cool-october at 2006-04-22 07:04
本の神さまは最近降りてこなくなっているなぁ。
やばいやばい。(^^;

本を読むときの楽しみに、その本と出会ったときの記憶っていうのがあるなぁ。僕の場合ですけどね。
Commented by fastfoward.koga at 2006-04-24 00:04
mackさん、こんばんは。
お返事が遅くなってすみません。
部分読みをすると、わけがわからなくなりませんか?
20冊はやはり多すぎるような・・・。
Commented by fastfoward.koga at 2006-04-24 00:05
coolさん、こんばんは。
降りてきていませんか、本の神様?
確かにわたしにも、本を読む楽しみに出会ったときの記憶は含まれますね。
一目ぼれのように出会ったものが内容もいいと、舞い上がりますね。