言霊の幸わう国

形状記憶

 週末は、いろんな波に飲まれて溺れていた。
 でもそれは決していやな溺れ方ではなく、今まで自分が感じたことのないような波の飲まれ方だったように思う。

 自分に取り込むものが多かった。
 ただ一生懸命自分のもとへ来るものを取り込もうと、集中していた。
 だから、昨日の夜はぐったりした。
 体の力が抜けたようだった。

 次の日の心配をしながら、早々に目を閉じた。
 いつも以上の睡眠時間をとったけれど、目が覚めても体と心が感じるだるさはまだ残っていた。

 今までなら、そういうだるさはあまりうまく拭えなかった。
 でも今日は、早めに仕事場に向かうとすんなりいつものペースが取り戻せた。

 昔は、溺れることが怖かった。
 なにかに必死になってしまう自分の姿は醜いのではないかと思っていた。
 スマートに涼しい顔をしてものごとをやり過ごすことが、かっこいいと勘違いしていた。

 しなやかになりたいと思う。
 いつもそう思っていた。
 今日、自分に感じたものはそれに近いような気がする。

 いろんなものを吸収しても、それが自分の予想を超えていても、飲み込めるだけ飲み込んだら、時間の多少の違いはあれどもとの自分に戻れることがわかった。
 それは年々、歳を重ねるごとに鍛えられている。
 時間の経過とともにしなやかさは増すのだ。

 どんな波が来ても、喜怒哀楽のどんな波であろうとも、わたしはうまく溺れる。
 溺れたあと、必ず水面にひょっこり顔を出す。
 出した顔は、ちょっと余裕を見せて笑っていよう。
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by fastfoward.koga | 2006-04-23 23:59 | 一日一言 | Comments(2)
Commented by BoneWhite at 2006-04-24 19:03
しなやかになりたいですね。
私もいつも少しばかり気にかけるようにしてる事です。
願わくはしなやかになった上でスマートで涼しくかっこよく!
100歳くらいにはなんとか…
Commented by fastfoward.koga at 2006-04-24 23:51
Boneさん、こんばんは。
100歳ですか。
気が遠くなりますね・・・。