言霊の幸わう国

月日は百代の過客にして、行かふ年も又旅人也。

 昨日、少し書いたけれど、今日まで豆パン屋アポロさんのお店の2階で「空想エアメール展」が開かれていた。
 いろんな人の作品を見ながら、旅について考えた。

 旅。
 いつも自分の中にあるもの。
 旅から帰ってきて、すぐに次に向かうべきところを探してしまうせわしない自分。
 どうしてそんなに旅に出ようとかきたてられるのか。
 自分でも、少し不思議。

 来月もどこかに行きたいなと、今も思っている。
 再来月は誕生日だし、とも思っている。
 でもまだ実行段階には至っていない。

 それでも、心は旅へ誘われる。
 そんなきもちとうまう付き合えるように、以前からほしかった「えんぴつで奥の細道」を昨日買ってきた。
 さっそく、シャーペンじゃなくてえんぴつを手にして書き始めた。

 音楽も、テレビも消した静かな部屋で、ただえんぴつを走らせた。
 この本は文字をなぞるように作られているのだけれど、なぞるという行為がこんなに難しいものだったかと、小学生の国語の授業を思わず思い出した。
 ただ、なぞるだけ。
 でも、そこにあるのはそれだけではない。

 なぞるだけで、芭蕉の旅に出るその瞬間の思いが自分に乗り移ったような気がした。
 見送りの人たちと別れるときの悲しさが、ずんと胸に来る。

 全部で50日分。
 東京深川から、終着点の大垣まで。
 できる限り毎日、心静かに芭蕉になったつもりでえんぴつを手にしようと思っている。
 そうすることで、わたしは京都にいながら旅をすることができるのだ。

 終わったら、いつか、実際にその道筋をそのまま辿ってみたい。
 ま、それは隠居生活の楽しみにとっておこうかな。
 とにかく、今はみちのくへの旅をめいいっぱい楽しもう。
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by fastfoward.koga | 2006-05-20 22:39 | 一日一言 | Comments(0)