言霊の幸わう国

ドロ沼の恋

 朝からずっと1日中、言葉について考えていた。
 きもちの容量が狭くなっていて、自分に向かってくる言葉にうまく対応できていないことに憤っていた。
 スイッチに少しでも触れたら、一気に涙が出そうだった。

 だから、こうして書くこともつらいと思っていた。
 でも、わたしは書くことを辞めることができない。
 それは書くことへの執着ではなく、どちらかというと読まれるということへの責任と意地だ。 
 誰に対しての責任と意地なのか、考えたら馬鹿馬鹿しい。誰も、わたしに書くことを強要などしていないのに。
 そう思うものの、やっぱり辞められないのだ。

 ただ、言葉のご褒美がほしい。
 今、こうして書きながら、自分のほしいものが急にわかった。

 プライドが高層ビルほど高いので、与えられるだけは自分が許せない。
 自分がなにかを発信して、相手のアンテナにひっかかる。そこでまた何かが生まれて、それを読んで自分でまた何かを作り出す。
 わたしが求めるのは、そういうもの。
 そうやって生まれる言葉がほしい。

 ・・・また、ややこしいことを考えているな。わたし。

 昼間は、言葉に囚われていた。手も足も、頭も胸も、がんじがらめになっていた。
 言葉には、何度でも笑みをもたらしたり、涙を誘ったりする力がある。
 でも一方で、手にする場面が違えば、まったく違う言葉に感じることもある。
 それを意識したのは今日の夕方になってからだけれど、わたしはずっと前からそのことを知っていた。
 だからどんなに残酷な言葉でも、必ず反芻した。何度でも何度でも、傷口にナイフを突き立てるように言葉をなぞった。

 いつもながら、いやな作業だ。気が遠くなる。
 でもそうしているうちに、言葉と言葉の間から急にむくむくなにかが湧きあがってくる。じっと痛みに耐えたら、それを見つけて、手にすることができるのだ。
 わたしはそのなにかが自分を強くしているのだと、思う。

 タダより高いものはない。
 なんて言うと色気もないけれど、わたしは言葉に囚われながらも恋をしているのだ。
 それもずぶずぶ溺れる感じの、ドロ沼の恋。
 今日のようにときどき逃げ出したくなるけれど、一生足は洗えないことはわかっている。 
[PR]
by fastfoward.koga | 2006-05-24 20:53 | 一日一言