言霊の幸わう国

絵ハガキの行方

 高橋幸宏の「青空」という曲に、こんなフレーズがある。

 「絵葉書を 買ったよ
 あふれる 僕の思い託した
 青空の 絵葉書」


 今朝、仕事に出かける支度をしているときに聴いていて、ふと耳にとまった。
「絵葉書」というキーワードで、するするっと記憶の抽斗が引き出された。

 出張帰りの那覇空港で、絵ハガキを書いたこと。
 空いた空港内のベンチで、かばんを机代わりにした。
 会社の先輩が気を利かせるように席を立ったあと、少しきもちをはやらせて、でもまちがえないようにとペンを走らせた。

 その人に宛てたいくつもの絵ハガキとメッセージカード。
 まだその人の手元にあるのだろうか、と考えた。

 その人の部屋で、自分が送ったハガキが参考書の間にはさまっているのを見つけたことがあった。
 そっと引っ張り出すと、大学の同級生らしき女の子からの近況を知らせたハガキがくっついてきた。
 ケンカのネタになるようなことは書かれていなかった。どう深読みしても、そこには懐かしさがあっただけ。
 それを読んでから、自分のハガキを読み返した。
 1度自分の手から離れたハガキに描かれた風景と言葉は、どこかよそよそしげな感じがした。

 あのときのように、自分が誰かに送ったハガキや手紙を読み返したいとは思わない。
 でもそれらの行く末を知りたいなと、ただ思った。

 形が残っているのか、言葉だけが残っているのか。
 形だけが残っているのか、それともなにも残っていないのか。

 そんなこと、わかったところでどうしようもないのだけれど。
 なぜか、今日は気になって仕方なかった。

 どうせ答えはわからない。
 だったら、また同じように、どこか旅先から思いをいっぱい詰め込んだ絵ハガキを書いて送りたい。
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by fastfoward.koga | 2006-05-29 00:50 | 一日一言