言霊の幸わう国

手紙の待ち方(2006年版)

 手紙を書くために、だらだらせずに会社を出た。
 今日書いた手紙は、絶対にうちでは書けないと思っていたので、駅の近くのターリーズに入って、すぐに便箋を広げた。
 黙々と、ただひたすらに、3枚書き上げた。

 先日買ったばかりのレターセット。
 白っぽい固めの便箋に、目の覚めるような黄緑色の封筒。
 紺色のペンで、これまた初めての宛先を記した。

 女の人に宛てた、たぶん初めてのラブレター。
 案外さらっと書いたけれど、今書いたことを反芻すると結構きもちが入っている感じがする。まさに、どっしり。
 きっと、数日後、その手紙が手元に届いた人はびっくりするだろう。
 びっくりして、でも笑ってくれるといいなと思う。

 先日も、短い手紙を書いたあと、我慢しきれずにブログにそのことを書いた。
 ほんとうは手紙が相手の元に届くまでは、驚かせたかったから黙っていようと1度は思った。
 でもあの日の幸せ加減をどうしても自分の胸にしまっておけなくて、結局書いてしまった。

 宛先の主は、きっと、確実に手紙が届くことを待ってくれていたと思う。
 突然手紙が届いて驚いた、じゃなくて、もう着くころだなと、思っていたはず。
 そして、わたしの手紙が届いた日の翌日、その人は「朝早くに返事を投函してきました」とメールをくれた。

 こういうのは、本来の手紙の楽しみ方じゃないのかなとふと考えた。
 手紙以外のメールでも電話でもそうだけれど、突然だからうれしさが増すものだと少なくともわたしは今まで思っていた。
  
 でも、これでいいのだとすぐ思い直した。

 手紙が届くことが待ち遠しいのは間違いない。
 それに、ブログとメールと手紙はそれぞれ独立していて(少なくともその人との間では)、そこにはちゃんと別の空間がある。
 これならメールでもいいのに、なんてことはない(はず)。
「本来の」なんて、形にこだわるのはわたしの悪いくせだ。
 先日少し書いた「いつか、僕らの途中で」にもこんなシーンがイラストで描かれていた。

 「もしもし。うん、手紙、着いた?
 あはは、おかしいよね。電話で確認するのも」


 そう。往復書簡が、楽しめればいいのだ。

 そんなきもちで、今わたしは手紙を待っている。
 インクの文字がにじまないように、明日晴れることを願って。
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by fastfoward.koga | 2006-06-11 21:03 | 一日一言