言霊の幸わう国

制限する記憶

 今日は1日、ベッドの上で過ごした。
 大半は本を読み、合間に少し眠った。
 昨日買ってきた本を朝から読んで、読み終えてまたすぐ読み返していたのだ。
 たぶん、今まででそんなことをしたのは初めてだと思う。

 その本はこんな書き出しで始まる。

「人は、一度巡り合った人と二度と別れることはできない。なぜなら人間には記憶という能力があり、そして否が応にも記憶とともに現在を生きているからである。」
                             大崎 善生 『パイロットフィッシュ』

 なんどか手にとって棚に戻していた本。
 今まで、タイミングが合わなかったのだ。
 今回はこの1文で読むことを決めた。

 話の最後に、主人公が19年ぶりに恋人と再会するシーンがある。
 そこで彼は、自分はスパゲティを食べるときはスプーンの上で音を立てないようにしたり、煙草がなくなってもシケモクは吸わないけれど、それはなぜだと思うか、と彼女に質問する。

「それはね、君がいやがるからだよ」
「私がいやがる?」
「そう。そうやってね別れて十九年たって一度も声さえも聞いたことがなかったのに、僕は今でも確実に影響を受け続けているんだ。それももの凄く具体的なことで今でも君は僕の行動を制約している。だから僕は今でも人前でチューインガムは噛まない」
「私の影響で」
「そう」


 同じようなことは、わたしにもある。

「ら」抜き言葉を使わない。
 お酒を飲んでいるとき、背の高いグラスはひっかけないように手元から離しておく。

 それらは今もずっと、わたしの胸の奥底に潜んでいる。そしてその場面になると、さっと何気なく出てくる。
 そういうとき、あぁ、自分は守られているなと思う。
 とてもとても深い深いところで。
[PR]
by fastfoward.koga | 2006-07-16 21:26 | 一日一言