言霊の幸わう国

ナイスガッツ

 大学4年で就職活動をしていたある日。
 広告代理店の就職セミナーに参加するために、大阪の森之宮へ行った。
 時期は5月くらいだったと思う。とても暑い日で、汗をふきながら駅から会場へ向かった記憶がある。

 女子大生は超氷河期と呼ばれた時代。
 まじめに就職活動しなくてはいけないのに、わたしはどこかふわふわしていた。
 大きな会場に入り、真ん中より少し前あたり、ひな壇を前方左に見えるところに座った。
 たぶん300人くらいは学生がいたと思う。まわりの雰囲気にどうも馴染めず、落ち着かなかった。
 マイクをもった人が会社概要などを話し始め、真剣に聞いておかないといけないのに、わたしはじっと前を向くことができなかった。
 右手には大きな窓があり、窓の外には見下ろすように大阪城公園の濃い緑が見えていた。

 その景色を見つけてしまってからどうやっても抗うことができず、わたしは気づくと話を聞きもせず窓の外ばかりを見ていた。
 公園と大阪城と、その向こうに見えるツインタワー。
 ぴくりとも動かないその景色に見入っていた。

 どうしてそんなものに興味を持って、大事な話も聞かず、目を奪われたのか。
 そのときもらった社名の入ったボールペンを見るたびに、それを思い出す。


 6月からずっと、いろんなともだちが誕生日にほしいものはないかと聞いてくれた。
 具体的なものが思い浮かばないまま、誕生日からもう20日近く過ぎてしまった。
 やっとのことで、携帯ストラップとボニーピンクのベストがほしいと返事をした。

 先日、最近もらったものでうれしかったものはなにかという話をした。
 ちょうど送別会で餞別や花束をもらったりしたあとだったけれど、答えを返そうとして言葉につまった。
 もらったものやきもちはもちろん、うれしかった。
 でもほんとうにほしいものをもらったことを思い出そうとしたら、すとんと穴にはまってしまった。

 今はもう、たいがいのほしいものは自分で手に入れることができる。
 茶碗がほしいと有田まで誕生日に出かけたり、毎週のように山ほど本を買ったり、このパンツに合うサンダルをと探したてみたり。
 ほしいものがないわけではない。
 でも今自分がなにを欲しているのか、実は最近はよくわかっていなかった。
 それが今日、やっとほしいものを形に、言葉にして、しっくりと自分の胸におさめることができた。
 決して高望みしすぎない、身の丈にあったもの。
 ちょっとわがまま、ちょっと贅沢、ぐらいのものだ。


 今日、『お縫い子テルミー』という本を通勤途中に読んでいた。
 その中で、主人公のテルミーが大すきなシナイちゃんにドレスを作ってあげるというエピソードがある。
 そのドレスのできに感激したシナイちゃんは、自分に思いを寄せるテルミーにお礼にと「しようか?」と彼女を抱き寄せる。
 でもテルミーは「お情けは無用です」と断ってしまう。
 するとシナイちゃんは言う。

「ナイスガッツ」

 本を閉じてから、うちにたどり着くまで。
 わたしはこの言葉をずっとくり返し、口の中で転がした。
 転がすこと数十回。

 抗うきもちを抑えきれないくらいのもの。
 気づかせてくれた人に、ありがとうを。
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by fastfoward.koga | 2006-07-24 22:29 | 一日一言