言霊の幸わう国

泳げる人

 川の水は冷たかった。
 でも鼻下までせまったその水を心地よいと、全身が感じていた。
 肩も、頬も、脚も、指先も。
 どこもかしこも、やさしく包まれた。

 初めて川で泳いだ。
 初めは浮き輪を使って。
 そのあとは我慢できなくなって、浮き輪をはずして川に体を沈めた。

 スーッとひとかきすると、思った以上に体は前に進んだ。
 小さいころスイミングスクールで覚えた平泳ぎの手足の動きは、しっかりと体が覚えていた。
 水をかくたびに、上方に見える景色はずんずん変わった。

 少し登った岩の上にすわるともだちたちを、水の中から見上げた。
 あとで、スイスイ泳いでたな、と言われた。
 そう、わたしはスイスイ泳げる人だったのだ。

 もっと泳ぎたいと思った。
 もっと水の中で水が動く感触を感じていたいと思った。
 水の冷たさも忘れて、ただ黙々と泳いでいたかった。

 流されるのではなく、自分の意思で泳ぐ。
 速さや方向を自分で決めて、泳ぐ。
 わたしにはそれができる。

 こどものころ、スイミングのプールで魚のように泳いでいた自分を思い出した。
 それこそまさに水を滑るように。

 花火大会の日、ともだちK嬢に誕生日プレゼントとカードをもらった。
 楽しみにカードを開くと、そこにはこう書かれていた。

「耐えることと、挑むことは矛盾しない。
耐え、そして挑んでいるんだ。」
 

 彼女のすきな岡本太郎の言葉。
 見たときにわたしのことを思い浮かべたと、お礼のメールをしたらそう教えてくれた。

 今まずは。
 川辺でじっと川の流れを読むよりも。
 水に体を沈めて、泳げなくとも泳がなくとも、そこに体を浮かせてみようと思う。

 いつか今だと思ったとき、そのときを逃さず水をひとかき。
 それさえできれば、わたしは泳いでゆけるのだ。
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by fastfoward.koga | 2006-08-13 20:46 | 一日一言