言霊の幸わう国

トランポリン

 5連休4日目。
 大人は、そろそろ休みの終わりを意識する。
 保険かけすぎやな。
 終わりの寂しさを紛らわそうというきもちが、夕方くらいからむくむくしはじめた。
 いかん、いかん。

 夕飯を食べてからどうも動きが足りないような気がして、駅におきっぱなしにしているバイクをとりに行くために外へ出た。
 駅まで徒歩で約30分。
 流れる車のテイルランプを見ながら、人のきもちって流れるように変わるもんなんだなということを考えていた。

 1週間、考えていることがあっちへふらふらこっちへふらふらしている。
 数ヶ月前はそれがいやでいやで仕方なかったのに、なぜか今はそんなふらふらした自分が楽しい。

 こどものころに遊んだ、遊園地にあったカラフルな怪獣のトランポリンの中にいる感じ。
 初めはやっぱり真ん中で飛び跳ねる。
 しばらくするとそれに飽きて、はしっこの壁に触ってみたくなる。
 飛び跳ねながら右に寄って、右手でタッチ。
 また真ん中にもどって飽きると左に寄って、左手でタッチ。

 もうしばらく、そうやって飛び跳ねていたいと思う。
 許されるなら、まわりのことを気にせずに目をつぶって、さらにあっちへふらふらこっちへふらふら。
 そして、触れた手がつかんだ壁にあるものを答えにする。
 
 トランポリンの中で、どんな跳ね方をしてまたなにを考えるかはわからない。
 でも、交差点を渡りながら思った。

 寂しいと思うことは確かにつらいし、しんどい。
 わたしは、人のもつ感情の中でたぶん1番寂しさと付き合うことが下手だし苦手だ。
 だからできたら寂しさを断ち切って、次へ進んで、2度と感じなくてすむようにしたい。
 けれどそれ以上に、自分以外のなにかを憎んだり責めたりしたくないなと。

 それができるなら、ちょっとぐらいの無理とばかはやってみよう。
 もっともっと跳ねつづけたら、ほどよくどっちもできそうな気がする。 
[PR]
by fastfoward.koga | 2006-08-28 22:46 | 一日一言