言霊の幸わう国

月に吠える

 昨日、気づいた。
 誰かの幸せを願うことと、その幸せを見守ったり、見届けたりすることは違うということを。

 同時に、気づいた。
 自分の中の醜さに。

 要は、幸せにはなってほしいけれど、それを見るのはいやだということだ。
 幸せになるなら、どこかわたしの目の届かないところでやってくれということだ。

 それなのに、誰かの幸せを願うというのはどういうことなのか。
 いったいどうしたいのだ。

 単なるエゴか。
 でも、そもそもエゴは自分のためにあるものじゃないのか。
 じゃあ、プライドか。
 でも、プライドも自分を守るためにあるものじゃないのか。

 そこでふと思考回路がひとつの答えをはじき出した。
 そうか。悲劇のヒロインになりたければ、それはありだ。
 納得。

 そんなことを今日、帰りの電車でよーし考えようと気合を入れて考えてみた。

 毎夜、空に浮かんでいる月。
 少しずつ満月に近づいている。
 昨日よりも、また月が膨らんだ。
 じっと見ていると、見ている間にもっと膨らんだ気がした。
 そんな月のイメージにつられて、自分の中のなにかも膨らんだように思えた。

 膨らんだものは、嫉妬か、醜さか、それともそれに打ち勝つなにかか。
 どっちにしろ、自分の中にあるものとはきっちり付き合っていくつもり。
 自分に負けるもんか。
 そう心に決めて、膨張する月に吠えてみる。 
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by fastfoward.koga | 2006-09-05 22:26 | 一日一言