言霊の幸わう国

ルーチンワーク

 毎日書かないというのは、自分にとってあまりよいことではない。
 というのを、さっきうちに帰ってきてから思った。

 研修に行く前は「インターネット回線常時接続無料」と謳われたホテルだったのでパソコンを持っていこうかと思ったのだけれど、頭に「依存」という言葉が思い浮かび、やめた。
 1年に数回、少しブログから離れた生活をするのもいいかと思ったのだ。

 でも単純に書くということだけを考えると、なにかしら書いていないと自分の中に小さな澱がたまってゆくような気がする。
 それを今回、自覚した。
 しっかりと。がっちりと。ずっしりと。

 ブログを始めてからずっと思っていたことがある。
 それは、実際にパソコンを前にして書けなかったことは書けなかったことなのだということ。
 どんなに伝えよう、言葉にしようと強く思っても、形にできなかったらこれはダメだと割り切る。
 そういうことは、わたしには必要なのだ。
 でもそれをしないようにと携帯から更新したり、わざわざ書こうと思ったことをメモしたりして書くのはやめようとこれも初めから決めていた。
 それが、ブログを書くことへのわたしのこだわりだ。

 いろんな情報や感情が、止まることなくわたしの中を出入りする。
 それをすべて自分の中に留めておくことはできない。
 逆に、留めることができるものこそ、という価値を見出したいと思う。
 だから、こうしてパソコンの前にすわって書くことで形にできないものはしょうがないとあきらめる。

 今も頭の中を、書きたいと思うことがシャボンのようにいくつも浮かんでいる。
 でもなかなかうまく掴まえられない。
 目の前をふわふわと過ぎるのを、指をくわえて見ているだけだ。

 悔しい。
 すごく悔しい。
 そういう思いで、わたしは今日からまた書くことと向かい合う。
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by fastfoward.koga | 2006-09-17 19:00 | 一日一言