言霊の幸わう国

ニイガタ・ムラカミ通信 「くるり」

 わたしは音楽はうちの中か、車の中でしか聴かない。
 i-Podやウォークマンのような、出かけるときに携帯して音楽を聴けるものは持っていない。

 いろんなところへ行って、ときどきあぁ今ここに音楽があればなと思うことがある。
 そう思うのはたいていひとりで出かけたときだ。
 でもそれは、ひとりの静かさに耐えられないからというわけではない。
 ただここに音が流れたら、空気の流れ方が違ってくるのかなと思うのだ。

 つくづく自分は言語の人間だと思う。
 わたしの記憶は、あくまでも言葉でパウチされる。
 見て、触れて、感じたものを言葉にして、それを記憶として脳の中に納める。
 もちろん音も味も、そのときは感じている。
 でもそのふたつはわたしにはうまく言語化できない分野なので、1年半ここに綴ってきた中にも音と味についてはそれほど多く書いていないと思う。
 圧倒的に、見たものと触れたものについて書いたもののほうが多いだろう。
 言葉に置き換えられないものは、苦手なのだ。

 だから、音だけとか映像で記録や記憶を残す人に憧れる。
 ただただ、すごいと憧れる。

 ・・・話がそれた。

 いつものことだけれど、今回もよく歩いた(新潟市内は、半日でたぶん8キロくらいは軽く歩いているはず)。
 歩かないと道が覚えられないので、旅先では時間と体力が許せば可能な限り歩くようにしているのだ。
 
 日曜の昼下がりの新潟市内も人が混雑して歩きにくいなんてこともなかったので、きもちよく自分のペースで歩いた。
 さくさくさくさく。
 歩いている自分に擬態語を当てるなら、そんな感じ。
 歩きながら、さくさくが口の中で転がりだすと調子がよいという証拠で、そのあとはだいたいハナウタを歌う。

 今回の旅では、ずっとくるりを歌っていた。

 風がそよげば「春風」を。
 空を見上げれば「ロックンロール」を。
 飛行機の中では「ばらの花」を。
 赤い車を見たら「赤い電車」を。
 街全体に視線が広がれば「虹」を。

  「揺るがない幸せがただ欲しいのです
  僕はあなたにそっと言います
  言葉をひとつひとつ探して
  花の名前をひとつ覚えてあなたに教えるんです

  遠く汽車の窓辺からは春風も見えるでしょう
  ここで涙が出ないのも幸せのひとつなんです
  ほらまた雨が降りそうです」

                                くるり 『春風』


 選曲が正しいかどうかはあやしいものだけれど、自分の旅に初めて音が一緒にパウチされて記憶となるんじゃないだろうか。
 ただ、こうやって言語化してツメの甘さをカバーするあたりが未熟なのだけれど。
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by fastfoward.koga | 2006-09-29 20:56 | 旅行けば