言霊の幸わう国

日常会話 初級コース

 会話することについて、ここ数日考えていた。
 漂うように考えていたら、ぽっとひとつの答えに行き着いた。
 確信、とまではいかないけれど、ある種、今のわたしには正解だなと思える答え。
 そんなことが頭の中にあったからだろう、またするするとある作品に引き寄せられた。

 珍しく、昨日、「文藝」を買った。
 文芸誌はほとんど買わないのだけれど、伊藤たかみの特集と綿矢りさの芥川賞受賞第一作「夢を与える」に惹かれたのだ。
 その綿矢りさの作品の一節で、ふときもちが立ち止まった。

「日常会話というのはすごい。さすが十年以上もの月日をかけて作られてきたものだけあって、ちっとやそっとでは覆らない。日常会話は会話する者どうしの”日常を保ちたい”という強い思いさえあれば、たとえ目の前に死体があっても、それを消し去ってしまうのではないか。」

 最近、誰かとなんでもない日常会話がしたいと思う。
 夕方雷が鳴って雨が降ったとか、今日お昼にカレーうどんを食べたとか、病院に出かけたとか。
 そういう話はなんてことはない。
 でもそのなんてことない話を一から関係を築こうとする人に話すには、結構エネルギーがいることに気づいた。

 いつかわたしの望む日常会話は、時間が経つうちに目の前の死体さえもないものにしてしまう日常会話になるのかもしれない。
 だとしても、やっぱり言葉を交わさないとなにも始まらないと思う。
 とにかく今は、始めてみたいのだ。
 立ち止まって、そう実感した。
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by fastfoward.koga | 2006-11-06 20:19 | 一日一言