言霊の幸わう国

ラベリング

 今日は雨だと天気予報で言っていたので、ベスパに乗らずバスで駅へ向かった。
 予報よりもかなり遅れて降り出した雨。
 帰り道、バス停で傘越しに何度も暗い空を眺めた。

 少し遅れて来たバスに乗り込んだ。
 広い車内に、乗客は数人。
 みんな静かに座っていた。

 ひとつめのバス停を過ぎたところで、わたしはあと少しで読み終わる本を広げた。
 終わりが気になって少し飛ばして読んでいたら、あっけなく物語りは終わった。
 わたしが満足と寂寥の思いの間をうろうろしている間に、バスは雨の中をどんどん進んでいった。

 読み終えた本をカバンにしまい、水滴のたくさんついた窓から外を眺めた。
 信号で停まったところで、急にウインカーの音がすんと響いた。

 カッチカッチカッチカッチ。

 視線を横に流すと、さっきよりも車内がぐんと暗くなったような気がした。
 ウインカーの音は、まだ響いている。
 怖いくらいに音の振動がダイレクトに届いた。

 ふと、前にもこんな思いをしたことがあったなと思った。
 思った瞬間、すぐにそれがいつだったか思い出した。
 それは小さいころ、チチの運転する車の後部座席でごろんと足を伸ばして横になっているときに聞こえた音と同じだった。
 それまで途切れなかったチチやハハや兄の会話や、車が行きかう周囲の音がぷつりと聞こえなくなって、穴の中に落ちてしまったような気がした。
 ほんの一瞬シンとなったのに、その世界を裂くようにウインカーのカッチカッチいう音だけが響いた。

 あのころは、それが妙に寂しかった。

 でも今は、寂しくはない。
 寂しいという感情は浮き上がってきたけれど、寂しくはならなかった。

 そういうのが、おもしろいなと思った。
 自分のものだったのに、自分のものじゃない感情。
 忘れずに、覚えておかなくては。
[PR]
by fastfoward.koga | 2006-11-26 19:50 | 一日一言