言霊の幸わう国

家出娘

 仕事が終わってビルを出る前に、入口近くの鏡の前で歩く自分の姿を確認した。
 少し裾広がりの黒のコートに、カラフルなマフラーをひと巻きして片側にだけに垂らして歩く自分。
 スタスタと、小さく歌を口ずさみながら自動ドアをすり抜けた。

 歌っていたのは、くるりの「家出娘」。

 わたしは、家出したことはない。
 小心だし、いい子だし、そういうことはわたしにはできない。だいたい家出なんて、現実的ではない。
 家出を本気でしようなんて、と思っていた。
 よく考えれば、本気でなければできないことなのだけれど。

 冒険だって、同じだ。
 あれは物語やアニメの中だけの話だと思っていた。

 子供のころは、「トムソーヤの冒険」のトムが嫌いだった。
「赤毛のアン」のアンもそう。
 思ったことを口にして、大人を驚かせるこどもが生理的に許せなかった。
 今となっては、素直に思いを表現できることがただうらやましかっただけだとわかっているけれど、あのころは本当にあんな子が自分の近くにいたら嫌だなと思っていた。

 世間では当然のごとく大人と呼ばれる今となっては、家出する必要なんてもうないのだろうか。
 冒険はいくつになったって、できる。
 でもなぜか急に、家出が魅力的に思えたのだ。

「ララララララ ララララ ラララ ラララ ラララ」と歌い続けたまま、夜道を歩いた。
 空を見上げて、ふとさっき鏡に写った自分はマントを羽織った風の又三郎みたいだと思った。

 家出とは、なにも言わずにうちを出て戻らないことを言うらしい。
 今年は、ひゅっと風に吹かれて家出してみるか。
 だったら今日みたいな風の強い日がいいな。
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by fastfoward.koga | 2007-02-15 23:33 | 一日一言