言霊の幸わう国

ジェリー・ジョイス

 帰りの電車はぼんやりしていた。
 席に座って、発車するまでの数分もホームを行きかう人の姿をただ眺めていた。

 ふと視線を車内に戻すと、青い洋服を着た外国人の男性が通路を後方へ歩いていった。
 いかにも白人、といった彫りの深い顔に、ハゲた頭を坊主にしていた。
 とても端正な顔で、一瞬だけ見とれた。

 しばらくするとその男性はまた同じ通路を戻り、わたしの隣の空いている席に座った。
 腰を下ろす前に、何語かわかなかったけれど「ココイイデスカ?」と尋ねた。
 もしかすると、ゼスチャーが言葉に聴こえたのかもしれない。

 彼は、ぼんやりしたり本を開いたりため息をついたりとせわしないわたしの横で、ずっと静かに座っていた。
 1冊の本を開いていたれど、途中目を瞑っている様子が窺えた。

 ときどき窓に映る自分の顔を見ながら、わたしは今まで出会った外国人のことを思い出していた。

 降りる前に、そっと目線を下げて彼の膝の上の閉じられた本を覗き見た。
 タイトルは短かった。
 読めたのは「Jelly Joyce」という名前だけ。
 表紙には吉本ばななの装丁を思い出させるような、イラストが真ん中に描かれていた。

 タイトルが読めないかともう1度覗き見たけれど、わかったのは「U」から始まるということだけだった。
 でも2度目はその本に添えられた、彼の手に目が止まった。

 顔から想像するよりも、ずっと、よく見かける手に似ていた。
 白さはわたしと同じくらいだ。
 爪の形も指の長さも、これといって特徴はない。
 電車に乗っている他の人たちの手を並べられても、きっとわたしは外国人である彼の手を選び取れないかもしれないと思った。

 彼が先に降りるような気がしたけれど、わたしの方が先だった。
 窓際にいたわたしが立ち上がる素振りを見せると、彼は長い足をきゅっとシートに寄せてスペースを作ってくれた。

「ありがとう」と彼を見下ろすと、彼は笑っていた。
 わたしも笑顔で応えた。

 きっと今日1日で1番の笑顔だったような気がする。 
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by fastfoward.koga | 2007-05-17 23:24 | 一日一言