言霊の幸わう国

火の国  「なにも知らずにガッツポーズ」

 わたしの乗った飛行機は、青い光に導かれ大阪の地を離れた。
 飛んでしまったら、なんの問題もないように思えた。
 が、その飛行機は条件付で飛んでいた。

 到着地熊本は天候不良のため、着陸できない場合は関空へ引き返す(伊丹は騒音規制のため、夜間になると運行できなくなるのだ)。

 もし引き返したとしたら、到着時間はおそらく22時を過ぎるだろう。
 搭乗前に翌日の関空発熊本行きの便を確認してもらったけれど、運行自体していなかった。
 熊本へ行くなら、伊丹にまた戻ってこなくてはならない。
 1番早い便は7時台。
 22時に関空に着いて、翌朝7時台の伊丹発の飛行機に乗ろうとするならば、せめて大阪市内までは今日中に戻っていないと厳しい。
 果たして、終電に間に合うのか。間に合っても、何時に大阪市内に戻ってこられるのか。

 待合室のロビーでそんなことを考えながら、サンドウィッチを食べていた。
 晩ゴハンは、熊本市内に着いてから食べたいと思っていた。
 でもこの調子では、今食べておかないといつ次の食事にありつけるかわからないとそこはあっさり断念した。

 条件付でも、その飛行機に乗ることに迷いはなかった。
 着陸できるかどうか。
 すべては運まかせだと、途中までは思っていた。

 飛行機では、断続的な揺れを感じていた。
 ベルト着用サインはほぼ消えることなく、熊本空港近くまでやって来た。
 備え付けの雑誌を広げながら、飛行機が旋回しているのを体で感じていた。
 着陸のタイミングを計っているのだな、と頭の中でその様子をくり返しくり返しイメージした。

 ところどころで機長のアナウンスが入った。
 天候の回復を待っている。
 着陸を試みる。
 タイミングが計れなかった。
 地上と連絡をとりながら、もう1度チャンスが来るのを待つことにする。
 事細かに、状況が説明された。

 わたしはさっきまで広げていた雑誌を元の位置に戻し、何も見えない窓の外を身を乗り出して見つめた。
 目を閉じて、うーんと念じた。
 気を緩めるとまるでチャンスを逃してしまうかのように、自分を叱咤激励しながらしばらくそれを続けた。
 でも飛行機はまだ旋回している。
 念じるのにとうとう疲れて、わたしが必死になるものでもないかとシートに体を沈めた。

 世の中にはわたしの力ではどうにもできないものが、ある。
 山ほど、星の数ほど。
 でもだからと言って、願うことすらもしないのか、と自分に問う。
 命題だ。
 飛行機に乗って着陸できるかできないかの瀬戸際でなくても、それはいつだってわたしの頭の中にある問題なのだ。

 再び、機長からアナウンスが入った。
 もう1度チャレンジしてみる。
 その言葉に、わたしはやっぱりもう1度体にぎゅーっと力を入れた。

 何も見えないと思っていた窓の外には、ちらちらと熊本の街の灯が見えた。
 少しずつその景色が近づいてゆく。
 とにかく祈った。
 降りろ、降りろ、降りろ。

 よしっと思えたのは、外の景色が見慣れた高さになるころだった。
 建物が建物としての高さを取り戻したとき、やっと体の力が抜けてほっとできた。
 完全に飛行機が止まるまではお席に、という客室乗務員の女性のアナウンスが機内に響いた。
 わたしは、おっしゃーと叫びたくなるのを深呼吸して堪えた。

 シートベルトを外して立ち上がれるうれしさ。
 わたしの頭の中では、機長は堤真一、副操縦士はキムタクだった(その日はANA利用)。
 お会いできるなら両手で握手をしたいぐらいだと、そんな思いで胸を熱くした。
 でも着陸できたことを、わたしはわたしの祈りが通じたからだとは思えなかった。
 降りてしまったら、命題でありながら、どうでもよくなってしまっていたのだ。

 そんなこんなで、飛行機は日付を越えずに熊本へ到着した。
 飛行機を降りて眺めた外の景色に、落ちてくる雨粒はなかった。

 心の中でガッツポーズをするわたしは、その先起こることをまだ知らない。 
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by fastfoward.koga | 2007-07-06 23:04 | 旅行けば