言霊の幸わう国

火の国  「もやもや」

 肥後大津から電車に揺られて、少しの間熟睡した。
 眠ろうとするきもちが明確にあったわけでなく、なんとなくぼんやりしたまま目を閉じたらすとんと眠りに引き込まれた。
 目覚めもスッキリしたもので、体が揺られた瞬間にひゅんと目を開いた。

 ガイドブックの地図を追うわたし。
 ひとつずつ阿蘇駅に近づく電車。
 そわそわしながら、そのときを待った。

 予想以上に時間をかけ、阿蘇駅に到着した。
 ホームに降り、すぐに改札に向かう。
 改札口には、駅員さんなのか近所の人なのか区別のつかないおじさんがひとり立っている。
 先に降りた人たちに倣って、わたしもそのおじさんに切符を手渡した。

 改札を出てから、まず右、次に左を見渡す。
 そしてゆっくりもう1度ぐるりと周囲を見回して、バス停を探した。
 立ちんぼのまま改札を出て右手にバスの営業所があるのを見つけた。
 そこで初めて1歩を踏み出す。
 淀みなく歩く自分を、ちょっと旅慣れてきたなと感じた。

 小さな建物の中に入り、阿蘇山行きのバスの時刻表を探した。
 次のバスまで40分ほどあった。
 ベンチに座り、そのあとの出発時刻をふたつほどと、帰りのバスの時間をみっつほど手帳に書き写した。
 先に切符を購入しておき、これまた予定していたかのようにすすすと反対側にあった観光案内所へ足を進めた。

 もしかしたらまた食事のタイミングを逃すかも、と思い観光案内所に併設されたおみやげやさんでチーズ饅頭をふたつ購入した。
 ひとつは阿蘇山へ向かうバスの中で、もうひとつは阿蘇山から帰るバスの中で食べた。
 なかなかおいしかった。

 駅の待合室でまた文庫本を開いたりしている間に、バスの出発時刻になった。
 駅前に停まっているバスに乗り込むと、あっさりと出発した。
 乗客は肥後大津駅あたりから一緒だった中国人ぽいカップルとわたしだけ。
 ガラガラのバスは、一路阿蘇山へ。

 いくつかの集落にあるバス停を通過すると、女性の声のアナウンスが流れ始めた。
 阿蘇山は・・・という案内に耳を傾けていると、あっという間に目の前は靄に包まれた。
 お天気がよくないのは仕方のないことだとあきらめながらも、靄の手前に見える鮮やかな緑に目を奪われ、晴れていたらとついつい考えた。
 少しずつ標高が高くなるにつれて、放牧されている馬が増えてゆく。
 おーまるでドラマの世界だと、景色の単純な美しさにノックアウトされた。

 雨は降っていなかった。
 でも靄はだんだん濃くなり、急カーブにさしかかるたび前方から車が飛び出してくるんじゃないかとひやひやした。
 展望台らしき駐車スペースを通り過ぎたあたりで、靄の濃さはピークに達した。
 あららと心の中でつぶやいていると、バスはドライブインの前で停車した。

 運転手さんが中国人らしきカップルに、「コリアン? チャイニーズ?」とカタコトの英語で尋ねている。
 台湾から来たと話すふたりに「テンミニッツストップね。降りてもいいよ」と、運転手さんは身振り手振りで続けた。
 運転手さんはわたしのほうは見なかったけれど、運転手さん、カップルに続いてわたしもバスを降りた。

 道を渡ると、乗馬用の馬が何頭も並んでいた。
 ツンと動物の特有の匂いが風に乗って運ばれてくる。
 乗馬場の人たちの話に耳を傾けていると、靄の向こうに雨水が溜まってできた池があるらしい。
 昨日の雨で池が広がっている、とも聴こえてくる。
 20メートル先も見えない中、ほんとうにそんなものがあるのかと目を凝らしてみたりした。
 あるものが見えない。
 そのもどかしさにわくわくした。

 いよいよおもしろくなってきたと見えぬ池に思いを馳せていると、運転手さんに声をかけられた。
 京都から来たと言うと、ひとりでなのか、ほーっという反応が言葉にはしなくても感じられた。
 ひとりで旅に出て楽しいのは、地元の人のこういう反応だ。
 しかも京都から来たと言うと、みなわざわざそんなところから来たのかい、いやいやここはいいとこだろう、という思いをどことなく醸し出す。
 それが、いいぞいいぞと思うのだ。

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 きっちり10分停車したあと、バスはあと少しと阿蘇山西駅に向かった。
 フロントガラスから前方を眺めていると、濃かった靄がするすると消え始めた。
 まるで手品を見ているようだった。
 なにに操られているのか、空高いところにいる人のことを思い浮かべた。

 バスを降りるとき、ありがとうございましたと切符を料金箱に入れると運転手さんは言った。
「おおきに。」
 わたしは、にっこり笑ってバスを降りた。

 さていよいよ、この旅の1番の目的地阿蘇山中岳が近づいてきた。
 見たいものを見たとき、自分はなにを思うのか。
 ロープウエイの乗り場まで、足早になって階段を上った。
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by fastfoward.koga | 2007-07-10 22:39 | 旅行けば | Comments(2)
Commented by calligraphy_m at 2007-07-11 00:35
ずいぶんノリのいい運転手さんだね。
ずいぶん昔なんだけど、バイクの免許取り立てで無謀にも九州一周をしたとき
ロープウェイが...運休。とても無念だったことを思い出しました。
Commented by fastfoward.koga at 2007-07-11 18:18
calligraphy_mさんへ
ノリがいいというか、人懐っこいというか。
ほんの少しの間でしたが、熊本っていいなーと思わせてくれる運転手さんでした。

しかし、免許とりたてで九州一周とはすごい!
つわものですわ!