言霊の幸わう国

火の国  「大きいことはいいことだ」

 表示板に誘導されるまま、わたしはロープウエイ乗り場に急いだ。
 階段を上りきると、目の前にきっぷ売り場、左手にレストラン、右手に小さな売店があった。

 きっぷ売り場を見るけれど、料金以外の表示はなくどのくらいの間隔でロープウエイが動いているかはわからない。
 ちょっとぼんやりしているきっぷ切りの女性に尋ねると、うーん、とすぐに答えは返ってこなかった。
 10分~15分間隔くらいかと尋ねなおすと、それでも彼女は答えに窮している。
 まあいいかとあきらめて、お礼を言ってからレストランへ向かった。

 とりあえず、腹ごしらえ。
 大分の名物だんご汁と、阿蘇の名物のたかなめしをお腹におさめて、心身ともに1度落ち着いてから、再びロープウエイ乗り場に戻った。

 ガランとした待合室に、ひとりぽつんと佇んだ。
 手持ち無沙汰でぐるりと周りを見回していると、火口駅の気温が掲示されていた。
 気温は18度。
 七分袖のカーデガンを着てきて正解だなと思った。

 数分待つと、ロープウエイへの案内が始まった。
 40人ほど乗れるその箱の中は人もまばらだったけれど、それでもすぐに動き出した。
 火口駅へはもっと時間がかかるのかと思っていたら、意外に短く6分ほどで到着した。
 あまりの呆気なさに、カメラを取り出すタイミングをうまく掴めなかった。
 わたしは、標高が高くなるにつれて視界が開けてゆくのを、不思議なきもちで見つめていた。
 
 ロープウエイを降りたら、いよいよだ、と思わず意気込んだ。
 遠くのほうに人がまばらに見えている。
 火口を覗けるポイントまで、右回りで行くか、左回りで行くか、一瞬迷って、他の人たちとは反対回りの方向に足を向けた。

 坂道や階段を上りながら、さっきまで欠片もなかった陽射しを肌で感じていた。
 ふと足元に視線を落とすと、自分が作る影が地面に映っている。
 すごいやーん、と気をよくして、ずんずんと火山口へ近づいていった。

 人とは反対回りで歩いているので、たくさんの人とすれ違った。
 その度に、その人たちがどんな表情をし、どんなことを一緒に歩く人と話しているのかが気になった。
 あなたたちが今見た火山口はどんなものだったのか?
 聞けるものなら聞いてみたかった。

 もともと熊本への旅は、阿蘇山の火山口を見るためにあった。
 大きなものが見たい、その思いで忙しい最中、仕事をやりくりしてここまで来たのだ。
 そんなふうに待ち焦がれた火山口を見て、わたしはその瞬間なにを思うのだろうか。
 自分で自分の反応を、離れたところから見ているような気になっていた。
 その一方で、単純にもうすぐもうすぐと、楽しみで気を急く自分も確かにいた。

 もうもうと噴煙を上げる火山口に、いよいよ辿りついた。
 じっと覗き込むように見るけれど、煙で湯だまりは見えない。
 はぐらかされているようなきもちになりながら、少しずつポイントをずらしながら火山口に目を凝らした。

 陽射しがさし始めたせいなのか、歩いているからなのか、興奮しているからなのか、18度よりも気温は高く感じた。
 そんな中、ときどき風がもわっと吹いた。
 吹くたびに、噴煙は邪魔だと押しやられるように湯だまりから離れた。
 少しずつ、真っ青な色が目に入ってくる。
 おぉーっと心の中で叫び写真を何枚も撮りながら、柵を伝ってわたしは歩き続けた。

 1番高いところに来て、立ち止まった。
 しみじみと湯だまりの青を見る。
 そのあと、少し引いて山岳にまで視界を広げる。
 そこでやっと、そうそう、これがわたしの見たかったものなのだ! と、ぼやけていた思いが確信に変わった。

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 ごつごつとして無骨な山岳の茶色と怖いくらいの青さを持つ湯だまりの、コントラストにしばし見とれた。
 わたしがあの位置まで行ったとしたら、どのくらいの大きさで見えるのだろうかと想像は膨らむ。
 まずは人差し指くらいの大きさの自分を想像して、そのあとそんなわけないと小指の先の爪の白い部分くらいの自分を思い浮かべる。
 そう、それくらいここは大きいのだ。わたしがちょっと考えるくらいの比ではない。
 半端じゃないのだ。

 その大きさに満足して、わたしは火口駅に向かった。
 途中、もっと見ておかなくてもいいのかという声が聞こえた。
 きもちはそこで1度振り返った。
 でもわたし自身は振り返らずに、そのまま進んだ。

 なんでもそう。
 どこでもそう。
 旅は後ろめたさややり残しがあるほうが、また今度と思える。
 そうして何度でも旅に出るのだから、それでいい。
 それが旅の病というものなのだ。
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by fastfoward.koga | 2007-07-12 23:08 | 旅行けば