言霊の幸わう国

火の国  「晴れて曇って雨降って」

 下りのロープウエイは行きとは打って変わって団体さんと一緒になり、感傷に浸る間もなく阿蘇山西駅に到着した。
 あまりの賑やかなさにうんざりして、流れを早々に離れた。

 売店の隅にあるバスの時刻表を、つつと指で辿る。
 ここから、阿蘇駅に向かう次のバスまで約2時間。
 阿蘇よりも熊本寄りにある赤水という駅行きのバスでも1時間強。
 待合室のベンチで文庫本を広げる覚悟はしたものの、時間は十分すぎるくらいある。
 せっかくだからと、いくつかある売店を見て回った。
 が、おみやげをそこで買う気がないせいで、速度を緩めることなく店内を1周してしまった。
 これではいけないと建物を出て、大きな駐車場の隅っこにあった屋外の休憩所に足を向けた。

 そこには木でできたイスとテーブルが設置されていて、そこでお弁当を食べている人の姿があった。
 わたしもあそこに座りたいなと思ったけれど、あまり近づくと失礼だなと諦めて、傍らに立っている看板にまっすぐ向かって歩いた。

 看板には今いるロープウエイの阿蘇山西駅から、さっきバスが10分停車した草千里ヶ浜までの道筋が書かれていた。
 1本は車の通る道。
 もう1本はハイキングコースのような遊歩道らしき道。
 よく見ると所要時間は30分と書かれている。
 下りだからしんどくもないだろうし、いい時間つぶしになるなと、迷わず看板の横から伸びている細い道の入口に足を踏み入れた。

 パノラマで広がる青々とした緑の景色を目の前にして、ええ感じやーと思わず声に出して言ってみた。
 人の姿はまったくない。
 車が通る道も、こんもりした草木に隠れ、音は聞こえるけれどこちらも姿は見えない。
 大きな自然の中の1本道を、ひとり白いワンピースをひらひらさせながら歩く自分の姿を想像して、わたしはさらにテンションを高くしていった。

 その道を、わたしの前に歩いたのはどんな人なのか。
 それはいつごろなのか。
 そのくらい人気がなく、のびのびした道だった。
 だからだろう、ちらちら見える車に乗る人がビックリしたような顔をするのが見えた。
 まさかそんなところを人が歩いているとは、という表情に気後れして、それからはできるだけ車のほうを見ないようにして歩いた。

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 さっきよりも少し強くなったように感じる陽射し。
 足を止めずに横着して日焼け止めを塗りなおした。
 塗りなおしながら、朝熊本駅からうちに電話したことを思い出していた。

 うちはナンバーディスプレイを使用しているので、携帯から電話したわたしに、ハハはもしもしも言わずこう電話に出た。
「今、どこ!?」

 前日、わたしは伊丹から飛行機が熊本へ着陸できないかもしれないという連絡だけをして、熊本に着いたことを連絡していなかったのだ。
 ホテルについたのが遅かったからと昨日の一件を簡単に話し、これから阿蘇山へ向かうと話すとハハは言った。
「じゃあ、お天気がよくなるように祈ってるわ」と。

 そのハハの祈りが通じたかのようなお天気。
 ハハさまさまだと、思わずふっと笑った。

 空は少し青くなり、山の緑も鮮やかさを増している。
 気を良くしていると途中、驚くほどの登り坂が目の前に現れ、そりゃないわーと上った。
 アキレス腱が伸びるのが、ハッキリとわかる。
 明日は筋肉痛になるなと思いつつ、でも誰も見ていないのに意地になってペースを落とさず歩いた。
 そんなひとつひとつが、楽しかった。

 最後はかなり息が上がった状態になり、やっと草千里ヶ浜のドライブインに到着した。
 中のベンチで、よく冷えた爽健美茶の500ミリをごくごく飲んだ。
 大きなベンチで軽くストレッチをしたり、足をぶらぶらさせたりしながら、バスが来るのを待った。

 待ちかねたバスは、終点までひとりっきりだった。
 行きは靄で見えなかった米塚もきれいに見え、しばしの時間ほーっとした。
 バスを降りて、赤水駅から肥後大津駅に向かう電車の時刻を確認する。
 やっぱり40分ほどある。
 近くの郵便局で切手を買って、待合室でまた1枚ハガキを書き、郵便局の前のポストへ投函したりして、静かに時間が過ぎるのを待った。
 ここでも退屈することはなかった。

 ときどき文庫本から視線を上げると、ホーム越しに見える田んぼの景色がさらにきもちをゆったりさせてくれた。
 小学生くらいの男の子ふたりが、田んぼのあぜ道を犬を散歩させている。
 遠くにいるランドセルを背負った男の子に、おーいと大声で声をかけていた。
 わたしは旅の途中だけれど、あの子たちにとってあの瞬間は日常なのだ。
 そんな光景を見ていたら、来てよかったなと思った。

 離れがたくホームで写真を何枚も撮り、やってきた電車に乗った。
 一路熊本へ。
 途中で雨が降り出し、あっという間に雨粒は大きくなっていった。
 熊本駅に到着しても、雨脚は緩むことなかった。
 あぁ、ハハの祈りは間違いなく通じていたのだなと、そこでもう1度感謝した。
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by fastfoward.koga | 2007-07-14 23:06 | 旅行けば