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火の国  「ごちそうさまでしたー」

 阿蘇から熊本駅に帰ったわたしは、雨の降り具合をホームで確認したあと改札を出た。
 もう1度ロータリーのコンクリートを打ち付ける雨を見て、そのままホテルへ帰るのをやめて駅ビルに戻った。
 ずっと1日ささずにきたカバンの中の折り畳み傘をさしたくない、と願かけでもするような気になっていたのだ。

 ちょうど、その日1日で読み進めた文庫本が終わりに近づいていた。
 途切れることなく次の1冊を用意しておこうと、本屋へ向かった。

 旅先で入る本屋が、すごいすき。
 地方の情報誌は必ず探し、その本屋の品揃えをひと回りしてチェックする。
 ふむふむ、この本屋はいいなとか、イマイチだなとか品定めするのだ。

 そんなことを熊本でもやって、手を伸ばしかけたハードカバーを荷物になるからと元に戻して、やっとのことで1冊文庫を選んで購入した。
 そのあと駅ビルの中のお店も見て、晩ゴハンをどうしようかと悩んだ。
 どうも中のお店はピンとこなくて、結局小雨になったロータリーを歩いて路面電車に乗った。

 今回宿泊したホテルは、繁華街のど真ん中にあった。
 夕べも外の音が初めは気になったくらいで、部屋から表の通りを見下ろすとよくある飲み屋街の景色が見えた。
 そんな場所だから、少し歩いたらお店くらいすぐに見つかるだろうと思っていた。

 阿蘇からの帰りの電車から、なにを食べようかと考えていた。
 せっかくだから馬刺しが食べたいけれど、ひとりでも入りやすいお店を見つけられるかが実は悩みの種だったのだ。

 路面電車を降りて、ホテル周辺の繁華街をうろうろと歩き回った。
 看板に書かれた馬刺しの言葉は、たくさん目にした。
 でも、どうも足が向かず結局ホテルへ戻ってきてしまった。
 
 これは仕方ないなと、切り札にしていたホテルの地下にある馬刺し料理のお店を覗いてみた。
 開いたドアの向こうに、カウンターと座敷が見えた。
 座敷は混み合っているように見えたけれど、カウンターはがらんとしてる。
 ここならいけるかも、とちょっとおどおどしながらお店に足を踏み入れた。

 ひとりなんですけどいいですかーと声を出すと、カウンターを案内された。
 入口に近い席に座り、とりあえずすぐに生ビールを注文した。
 手元のメニューを見なくても、お店の壁にぐるりとお品書きが並んでいる。
 馬刺しを、と入ったものの、思わずもったいぶって刺身の盛り合わせと酢の物とひともじのぐるぐるを先にお願いした。
 お店の若い女性に馬刺しは? と訊かれ、すぐに頼むのもなーと答えを躊躇していると、年配の女性が馬刺しを食べたことがないから迷ったと思ったのか、こう言った。
「おひとりですし、半分にしましょうか?」

 わたしは量が多いということかと思い、どのくらいの量ですか? と訊き返した。
 その質問に、うーんという答えが返ってきたので、それでお願いをした。

 ビールを飲みながら、運ばれてきた酢の物やひともじぐるぐるに手をつけた。
 冷えたビールがおいしかった。
 これでおなかがいっぱいになりそうだなと思っていると、待望の馬刺しが運ばれてきた。

 その量を見て、あー半分にしてもらわなくてもよかったなとすぐに思った。
 食べて、失敗したなとまたすぐに思った。
 今まで食べたことがないくらいの、おいしさだったのだ。

 よく和牛やトロを食べたときに、テレビで口の中で溶けますねーというコメントを聞くことがあるけれど、まさにそれ。
 これはうまいと、逸るきもちを押さえつつ味わって食べた。
 でもやっぱり所詮は半分。
 お腹はすでに八分目。でももうちょっとお馬さんが食べたい、と次は生レバーを注文した。

 これはカウンターのずっと向こうに座った男性ふたり組が注文していて、ちらっと横目で見たときにあれが食べたい! と密かに思った一品だった。
 注文してすぐに運ばれてきた馬の生レバーは、これまた信じられないくらいおいしかった。
 わたしは馬刺しはしょうが醤油でしか食べたことがなかったのだけれど、この生レバーはしょうがではなく生おろしにんにく醤油で食べてみた。
 初めに、強烈なにんにくの香りが鼻を通り抜けた。
 そのあとやわらかい生レバーの、しっかりした味が舌に残った。
 クセやくどさはまったくない。おー、すばらしい!

 1時間半ほどの間、そのお店のカウンターで、わたしはひとりため息を何度もついた。
 あまりのおいしさに出る、ため息だった。
 いろんなところへ旅をしたけれど、その馬刺しと生レバーは今まで旅先で食べたものベスト3に入るおいしさだった(ちなみにあとふたつは、長崎ちゃんぽんと函館の回転寿司。次点は松島の生カキとこれまた長崎のトルコライス)。

 お会計のとき、馬刺しを半分にしましょうかと訊かれた女性に、どうでしたかと尋ねられた。
 おいしかったですーと、思わず語尾を伸ばして答えると、笑顔でどちらからですか? と訊かれた。
 京都からだと答えると、地方発送もしていますとお店の名刺とパンフレットを手渡された。

 お店に入ったときとは裏腹に、わたしは大きめの声で「ごちそうさまでしたー」とお店を出た。
 おいしいものは、人を幸せにする。
 間違いない。


 活魚 馬肉料理 むつ五郎  ← むっちゃうまいです
Commented by BoneWhite at 2007-07-16 20:12
火の国いい感じですね。
来月、大分に一人旅なので興味津々です。
一人旅勉強させて頂きました(笑)!
食べ物で肉類が嫌いだという自分が
ものすっご〜〜〜く鬱陶しく感じます。
でも食べない(笑)。
Commented by cool-october2007 at 2007-07-16 20:55
おお、すごくうまそうですね!>馬刺し
いいなぁ。時間を作って行ってみたくなりましたよ。
Commented by fastfoward.koga at 2007-07-17 23:31
Boneさん、こんばんは。
いよいよ来月ですか! 大分ひとり旅。
参考になるようなことはないかと思いますが、楽しむきもちが伝わればこれ幸いです。

肉でなくともおいしいものはたくさんあります!
これ! と思うものを思う存分味わってきてくださいね。
Commented by fastfoward.koga at 2007-07-17 23:31
coolさん、こんばんは。
やっぱり食ネタには反応していただけましたね(笑)。
おいしかったですよ。ほんとに。
食べに行く価値大です! ぜひ!
by fastfoward.koga | 2007-07-15 22:24 | 旅行けば | Comments(4)

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