言霊の幸わう国

火の国  「雨の散歩」

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 にんにくの香りを口の周りに漂わせたまま、目が覚めた。
 大量のブレスケアと歯みがきでも、あのにんにくは撃退できなかったらしい。
 起き上がって爽健美茶を飲み、また念入りに歯みがきをした。

 その日は天気予報を見ても迷うことのない、雨。
 ただどの程度の量を降らす雨なのか。
 それがポイントだった。

 チェックアウトをすませ、昨日と同じファーストフードで簡単な朝食を採った。
 食べ終わるとすぐに、近くの路面電車の駅に向かった。
 ちょうどタイミングよく、路面電車は駅に滑り込んできた。
 ぼつぼつ、と重い雨が降っていたので助かったと思った。

 そのまま数10分、ガタゴト揺られて、水前寺公園で下車した。

 降りてから水前寺公園の位置がわからなくなり、交差点で立ち止まってあたりをキョロキョロしていると小学生の一団に囲まれた。
 先頭の先生に、元気よくおはようございます! と声をかけられた。
 まさか自分に言われたと思わず黙っていると、先生の後ろに連なっているこどもたちからも口々におはようございますの合唱が始まった。
 その明るさに気圧されて、わたしはやっとのことで小さくおはようございますと口にした。
 あとで、もっと大きな声で言うべきだったと反省。
 こどもたちにとっては、この雨も楽しいことのひとつなのかもしれない。

 雨は地面を川にでもしたいのか、その勢いを増して地上に降り注ぐ。
 でも不思議と負けたりひねたりする気がしなくて、水前寺公園を目指してずんずん歩いた。

 公園前の軒を連ねるおみやげ屋さんは、大雨のせいか店開きの支度が遅れているようだった。
 それを横目で身ながら、入口で入園料を払った。
 果たして中に人はいるのか。
 もしかしたら自分ひとりだけかもしれないと、反時計まわりで園内を進んだ。

 大きな池が、まず目の前に広がった。
 この雨さえ降っていなければ、しばらくその景色でぼんやりできたはず。
 どんどん傘に重みを与える雨に急かされるように、足を進めた。

 ときどき雨のカーテンの向こう、池の反対側の景色を眺め見た。
 少し煙った空気の中、それはほんとうに辿りつけるのかと思わせるくらい遠くに感じた。
 夢の中から覚める瞬間に見るような、届きそうで届かない距離感だった。

 園内には誰もいないだろうと思っていたら、途中で同じくらいの歳の女性とすれ違った。
 自分のことは棚に置きつつ、こんな雨の中をこの人はここになにを求めてやってきたのかと思った。
 すれ違う瞬間、目を合わした。
 挨拶のような、挨拶じゃないような。
 会釈したかしなかったかの微妙な頭の下げ具合で、行き交った。

 妙な連帯感。
 同士というか、共犯者というか。
 思わずにやっと笑いたくなった。

 そんなきもちで振り返ると、傘の隙間から彼女の背中に赤ちゃんが見えた。
 驚いて、驚いたそのあと、一枚上手だなーと思った。
 どんどん離れていきながら、彼女はここでなにをしたかったのか、ますます想像で頭をいっぱいにした。

 園内を4分の1くらい回ったあたりで、雷の音がはっきりと聞こえた。
 風も強くなり、持っていた折り畳み傘が風で持っていかれそうになった。
 そのせいか雨の強さを、傘を支える腕でじわじわと感じていた。
 さっきよりもまた少し歩くスピードを上げた。
 雨でもゆっくり楽しみたいという思いよりも、自然の底力に素直に感心する思いが勝った。

 雷の音が大きくなり、このままもう出てしまおうかと思ったころ、池の向こう側から見えていた出水神社の鳥居の前に辿りついた。
 どんなお天気でもここは素通りできないなと、参道に進んだ。
 傘を賽銭箱の隣にそっと置き、手を合わせてここまで来ましたよーと思わず心の中で呟いた。
 そのあと言葉が続かずしばらくそのまま拝んでから、思い出したように小さなお願いをした。
 ここまで来たんだから、と言いかけてやめておいた。

 鳥居を出る前に、ここはやっぱりとおみくじを引かせてもらった。
 なんとなくそんな気がしたら、大吉だった。
 それまで早足で歩いてきたことに後ろ髪をひかれていたけれど、もうこれで十分だと思えた。
 濡れないように開け、また濡れないように折りたたんで持って帰った。

 満足感に浸りながら出口を目指して歩いていると、小さな石橋の上でじっとしている鴨を見つけた。
 わたしが近寄っても、びくともしない。
 ちょうどわたしが行こうとするルートにいるその鴨は、まるでうまくできた置物のようだった。
 仕方なく邪魔しないように横を通らせてもらって、ついでに行き過ぎてから写真も撮らせてもらった。

 写真を撮ったあと池のほうを振り返ると、位置は違えども同じようにすくっと背筋を伸ばして立っている鴨が何羽もいて驚いてしまった。
 きっと鴨たちはこの嵐が通り過ぎるのを、こうして待っているのだろう。
 小さなことでじたばたしているわたしは、こうあらねばと見せつけられているようだった。

 足早に園内を1周しただけで、雨にもずいぶんと降られた。
 気づくと白いブラウスの袖は雨に濡れて、肌に貼り付いていた。

 でもなんとなく足取りを軽くして、公園を後にした。
 今度も、ここは雨でもいいかもしれない。
 ただし小雨くらいで。
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by fastfoward.koga | 2007-07-17 23:25 | 旅行けば