言霊の幸わう国

やっと手にした答え

 1周、自転車で30分ほどの小さな島。
 吹く風は、まだ朝の爽やかさを残していた。
 左手に瀬戸内海の海、そして濃い緑の葉。
 狭い坂道を、自転車で下っていた。

 そこで、急に、ずっと考えていたわけでもないのに答えがぶわっと湧いてきた。

 わたしが旅をするのは、記憶を求めているからだ。

 それは決して、思い出ではない。
 あくまでも記憶。
 それは、自分のものではないのかもしれない。
 別に、誰かの記憶でもいいのだ。
 旅の中で、これだ、と思う時間を、自分も他人も、過去も未来も飛び越えて、手にすること。
 わたしはそれを、求めている。

 自分の過去の思い出という焦点が定まっているわけではないから、旅をすることで記憶を探しているわけではない。
 わたしがしているのは、もっと漠然としている。
 旅先で、両手を広げて飛び込んでくるものをただ待つとはなしに待っているだけだ。

 ずっと前、自分は過去に生きていると感じていた。
 それは、過去の出来事を振り返ることで今を生かされているような感覚。
 ひとり、時間軸がずれてしまっていたのだ。

 数10年続いたように思う、そんな違和感がなくなったのは、旅が特別なものでなくなってからのような気がする。

 誰かの記憶をなぞる旅。
 誰かの思いとともにゆく旅。
 自分の不確かさを確かめる旅。
 自分のルーツを辿る旅。
 誰かとともに新しいものを発見しにいく旅。

 誰かと自分の記憶を交差し、重ね、慈しみ、包み込む。
 そういう旅をする中で、今自分が感じていることが今なのだと思えるようになった。
 ・・・と思う。

 今無性に、自分があちこちで触れてきたものすべてを、ぎゅーっと腕の中に抱きしめたい。

 軽い旅帰りの身だ。
 調子こいて、記しておこう。

 あぁ、自分は、今までなんていい旅をしてきたのだ。
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by fastfoward.koga | 2007-09-08 21:13 | 一日一言