言霊の幸わう国

44%の酔い

 昨日は早々と会社の忘年会があった。
 びみょーな量のアルコールは、量以上の酔いを連れてくる。
 飲酒運転になるからと朝駅まで乗ってきていたベスパをそのままに、バスでうちまで帰った。

 ぶらぶらバス停まで歩くと、バスはすでに止まっていた。
 ステップを上がって車内をひと回り見たけれど、他に乗客はいなかった。
 中央の乗り口から後ろへ歩き、左後方のタイヤにちょうど足を乗せる形でシートに座った。
 ちょうど頭の上には蛍光灯があり、充分な明るさだと読みかけの文庫本を開いた。

 さっきまで乗っていた電車の中でも広げていたのは、林真理子の「葡萄が目にしみる」。
 今までに何度か読み返している本で、購入したのはいつだったかと確かめると、1992年の11月10日といつもの場所に15年前のわたしがサインをしていた。
 溢れんばかりの本棚を前にし、背伸びをしてなんとなく選んだ本。
 話の筋は覚えていたけれど、不思議とラストシーンはどんなふうだったか思い出せずにいた。

 ブーツを履いた膝をいつもより高めの位置に置き、すっぽりとシートに収まるように座っていた。
 右に左にとバスの揺れにあまり抗わず、残り数ページを読み進めた。
 ラストシーンにようやく辿りついたとき、バスは暗い道を走っていた。
 窓の外も車内も、ただ黒いという印象。
 その中で、わたしは泣いてしまいたいと思った。
 漫画だったら、うわっ、という表現がわたしの頭のあたりに書かれるような、そんな勢いで泣いてしまえと自分を急きたてた。

 実際には、涙はひと粒も溢れず流れず、なんだ、と右肩上がりに上った感情はすとんと胸の中に納まってしまった。
 感情の波が確かに引いてゆくのを感じ、大きなバスのフロントガラスに見える暗い景色を見つめながら、30を4つ過ぎた今でなければこの本をこんな思いで読むことはできなかっただろうなと思った。

 そのときの酔いは、44%くらい。
 バスを降りて静かな住宅街を歩きながら、自分は酔っていると再確認した。
 現に、今同じページをめくってみても昨日のような感情の高ぶりはもう得られない。
 いったいいくつくらいの必要要素が集合して、見えた世界だったのか。
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by fastfoward.koga | 2007-12-11 23:17 | 一日一言