言霊の幸わう国

雨女がゆく ~出雲大社Ⅰ

 昼前に、仁万から出雲へ戻ってきた。
 仁万ではそれほど感じなかったのに、出雲市駅では北風の存在感が圧倒的だった。
 吹きすさぶ風の中、出雲大社行きのバスを待った。

 島根行きを決めたのは、1週間ほど前だった。
 計画していた18きっぷの旅が仕事の段取りがつきそうになく、日程的に短縮せざるを得なくなり、それならと別の行き先をイチから考え直した。
 数日間考えに考え、どうもしっくりくる旅先がないなと思いつつも、最後の望みをかけて本屋の旅本の前に向かった。
 視線で背表紙をなぞり、目に止まったのが出雲・松江の文字だった。

 出雲大社は雨でも参拝客は多く、自分とまわりの人が砂利の上に落とす足音にじっと耳を澄ましていた。
 なにか似た感覚が体の中に湧き上がり、そうだ伊勢神宮にお参りしたときもこんなふうに雨が降っていたとそのときのことを思い出していた。

 長い長い松並木の参道を歩き、冷たい水で手を清めた。
 そこからまたほんの少し進み、拝殿で1度目のお参り。
 そのあとおみくじをひいて、八足門で2度目のお参り。
 2度とも、心静かに手を合わせた。

 そのあと神楽殿に向かう人の流れに着いて行きそうになり、ふと我に返るように本殿の周囲を回っていないなと時計回りに歩き始めた。
 立て札の文字を読み、人と人との間を間合いを取るように歩くスピードを調節をしいていた。
 8割がた回ったところで、雨に濡れないように気をつけながらカバンの中からガイドブックを取り出した。
 本を見ると、書かれていたのは反時計回りだった。
 心の中で失礼いたしました、やり直しやり直しと神さまに謝りながら、もう1度ひとつひとつの社に手を合わせた。
 最後に神楽殿でお参りをし、日本最大と言われる注連縄に願いをこめて10円硬貨を投げ上げた。

 出雲大社のおみくじには、大吉や吉や凶の文字は書かれていない。
 わたしがひいたおみくじに書かれていた訓は、「信仰は祈り深める者のために路を開き、祈りの暮らしなき無信仰はこれを閉ず。」だった。
 この言葉を煮て焼いて、どう噛みしめるか。
 真価が問われているのは、そこなのだなと思った。
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by fastfoward.koga | 2008-01-21 21:48 | 旅行けば