言霊の幸わう国

もらった本に残る跡

 今、「ベンツに乗って強盗へ行こう」を読んでいる。
 毎年3月ごろにわたしが選ぶ、「永遠に世界を離れるときに持っていく八つ」が書かれていたネタ元だ。
 ずっとベッドサイドに並べていたその本を、何年かぶりで手にする気になった。

 今わたしの手元にあるのはわたしが買ったものではなく、友人のNくんが買った本だ。
 ブックオフの値札がついたままで、彼は栞を使わなかったようで、カバーを4分の1くらいのあたりに挟んであった跡がついている。

 もともと人から借りて本を読むことがないので、誰かの本は手にすると不思議な感じがする。
 図書館の本のように不特定多数の人が触れるものではなく、たったひとりの人に所有されている本は開くとその人の空気が漂って、癖が見えてくるような気がする。
 今は寝る前に、彼の癖をなくしてしまわないように気をつけて読んでいる。
 
 彼の本を手にしながら、わたしの本はどうしたか考えていた。
 別の友人に貸したままだったか、それともNくんの棺に収めたか。
 どちらだったか、それさえも思い出せなくなってしまった。
 
 時間は確実に、後ろへ後ろへと過ぎ去っている。
 あれだけ大切にしていると思っていた時間も、人は忘れるのだ。
 もっと若かったころは、どうすればあれもこれも忘れずにすむのかと必死になって考えたことがあった。
 忘れずにすむなら忘れないほうが、もちろんいい。
 でももう、がむしゃらに覚えていようと思わなくなった。

 投げやりになったわけでも、諦めたわけでもなく、覚えているから大切だとか、忘れるくらいのことだったのだとか、どれも違うと頭もきもちも理解し、そして納得したのだ。
 どんなに大切なことでも忘れることは、ある。
 それがあっても、その大切さに変わりはないんじゃないのかなと思うようになった。

 新しい記憶を脳に刻み、忘れ、思い出し、それをくり返すうちに思い出せないくらいすっかり忘れてしまったとしても、絶望することはない。
 前に進むというのは、そういうこと。
 と、今日もわたしは跡の残る本を大切に開く。
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by fastfoward.koga | 2008-05-30 22:16 | 一日一言 | Comments(0)