言霊の幸わう国

プラットホーム

 未だに人との距離のとり方に迷うことがある。

 わたしは嘘つきで、秘密主義で、あと出しが得意で、末っ子の甘えたで、ほっといてほしいときとかまってほしいときの差が激しくて、追われれば逃げて、逃げられれば追いたくなって、素直になれないことがよくある。
 人がなんの話をしているのか、それが自分に関係のある話かどうか気になる。でも気に過ぎて疲れる。

 なにをやってるんだか。

 今日も何人もの人と接し、その距離間がよそよそいいのか、近すぎるのか、わからなくなった。
 そうなると、ちょうどよい感覚なんてもっとわからなくなってしまう。

 小さな小さな表情や仕草のひとつひとつを思い出し、駅のホームに立った。
 10数分、特急が来るまでじっとホームの1番後ろの印の前にいた。
 ふと気づくと前に出すぎていることに気づき、後ろへ1歩下がった。
 数日前、そこである人と話をした。
 たった数分だった、そのことを思い出した。

 電車は次々ホームへ滑り込み、わたしの前を通り過ぎるたびに風を大きく巻き起こした。
 その中で、きもちもくるくる回りそうになり、寸でのところで踏んばった。
 不安に引きずられてはいけない。
 不安になろうと思えば、いくらでもなれるのだ。
 ここから落ちるのは、簡単だ。

 今度は乗り換えのホームで、友人Y嬢にメールを送信した。
 彼女とは、昼過ぎから何度かメールをやりとりしていた。
 彼女の言葉にきもちが呼応し、彼女もわたしの言葉に呼応していた。
 
 帰り道のサラリーマンや学生がごった返すホームで、遠い空の下ですでに家族と過ごしているだろう彼女の姿を、想像していた。
 遠くて近い。
 でも近くても、遠い人もいる。
 もちろん近くて近い人も。

 今、頭の中に過ぎったいくつもの顔が、いつまでも近い人でいてくれるように、わたしも近い人でいなくてはと思う。
 踏んばれ。
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by fastfoward.koga | 2008-06-06 22:27 | 一日一言 | Comments(2)
Commented by tabikiti at 2008-06-07 11:17
こんにち は、私事ですが術後お腹に力が入らず
踏ん張れなかったのですが。
最近は少し踏ん張れるようになったのですが、
少し踏ん張りすぎみたいで、夜中に目が覚めます、
適度に踏ん張る事が自然に出来るのには私の場合にはもう少し時間が必要みたいです。
理想的には力の抜けた踏ん張りを出来ればなー何て思ったりしますが。
今はめーいっぱいの踏ん張りしか出来ません。
晩飯は生きのいい鰹でも買って帰るかなー。
Commented by fastfoward.koga at 2008-06-07 21:10
太美吉さん、こんばんは。
もうイキのいい鰹は、お腹におさまったころでしょうか。
太美吉さんは太美吉さんのペースで、踏ん張りどころを探ってください。
あせらず、あわてず、無理をせず、ですよ!