言霊の幸わう国

くるくる回る  なにもない海岸沿いの道と古きよきものたち

 飲みすぎた朝に、青空から降り注ぐ陽射しがまぶしかった。
 暑くなりそうな予感のぷんぷんする空だった。

 まず乗り込んだのは、富山駅前から出ているライトレール。
 路面電車よりもさらにステップが低く、道路が間近に過ぎてゆく。
 乗り心地快適。音も静か。

 がしかし、おじさん、おじいさんが多いなと思っていた。
 すると、みんなみごとに終点のひとつ手前の競輪場前で下車して行った。
 なーるほどと納得。

 残ったのは小さな男の子を連れた若いお母さんと、わたしだけ。
 車内は突如ガランとした。
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 終点の岩瀬浜駅から、海沿いの道をてくてく歩いた。
 風はまだ涼しかった。
 港独特の大きな港が作り出す音しか聞こえず、人も車もときどきしか見かけなかった。

 なにもないところを、自分の足で歩いている。
 地図も持たず、迷ってもいいやと思いながらこういうのもいいかなと思えるのが、旅のすきなところだ。
 ついでに、そう思える自分もいいと思う。


 そうやって、陽射しを気にしながらぶらぶらと岩瀬の町を歩いた。
 岩瀬には北前船で栄えた森家の屋敷があり、100円という破格の安さで中を見せてもらえるのだけれど、そこは国の重要文化財にも指定されているだけあり、わくわくするような古さを味わえた。

 例えば、1枚の窓。
 格子の中に収められた窓ガラスが、よく見ると数枚違っている。
 受付に座っていた女性の話によると、伊勢湾台風で割れてしまったらしい。
 ・・・伊勢湾台風って、すごすぎ。
 と、思わず心の中で突っ込み、それをそのまま表情にすると教えてくれた女性も、すごいでしょと頷いた。
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 旅に出るようになって、古いものへの興味がどんどん沸いてきている。
 お城、武家屋敷、庭園、神社、お寺。
 どれもこれも昔にあって今もあるという事実が、単純に胸を打つのだ。
 新しいものを見てみたいと思うきもちももちろんあるけれど、数100年前のものが直に触れられることのすごさを、年々感じるのだ。

 森家でも、たくさんのものに触れた。
 柱、窓、そして畳。
 手で触れなくても、柱の釘隠しや、庭の石、土間の上がり口に明かり取り、そういったものひとつひとつに、体の中の細胞がうわーっと騒ぎ出す感覚を覚えた。
 脳が思い出せない記憶を、小さな小さな細胞が思い出しているのだろうか。


 岩瀬でそんな古きよきものに親しんだあと、まだ本調子でない胃に騙し騙しおそばを収め、またぶらぶらと歩いて岩瀬浜の駅へと戻った。
 そこからまたライトレールに乗り、一路富山駅へ。

 昼からの行程をどうしたものかと疲れた胃を擦りながら、そのときまだ考えていた。
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by fastfoward.koga | 2008-07-24 23:11 | 旅行けば | Comments(0)