言霊の幸わう国

旅跡  Ⅷ 祭りの前

 東北にはお祭りが多い。
 今回はその隙間をすり抜けるように旅をし、訪れる地はいつも祭りの前だった。
 どの町も1年に1度の祭りを控え、浮き足立ったきもちをちらつかせていた。
 夕飯を食べに町をぷらぷら歩くと、お囃子や太鼓の音が聞こえ、その音に誘われるように足を向けると、そこには祭りの支度に忙しい人たちの姿があった。

 地元にそういうお祭りがないわたしにすれば、祭りの前にそわそわする町と人の様子は好ましく、一方で羨ましく映ったけれど、旅の途中で会ったすきな人は慣れているのかそうでもなさそうだった。

 弘前、五所川原、青森、秋田。
 どこも祭りの準備に忙しく、通行止めを知らせる看板や祭りを知らせるポスターを見ていると、風に吹かれてどこからか運ばれてくる熱気に、1度は見なくてはと思わされた。

 特に五所川原の立佞武多(たちねぷた)は、3年間実際に使用したねぷたを「立佞武多の館」で見ることができ、なんの知識も持たずに時間つぶし程度でそこに入館したわたしは度肝を抜かれた。
 7階建ての高さもある立佞武多は、暗がりの中ライトアップされ、その大きさをさらに大きく見せていた。
 これが町を練り歩く。
 想像しただけで、ぞっとして震えのようなものがきた。
 思わず、半袖の腕を撫でた。
 小さなものを作る人も尊敬するけれど、大きなものを作ろうとし、実際に作った人の底力に恐れおののいた。

 見てみたいと思う。
 人が祭りに狂う姿を。
 でも見たら見たで、寂しくなるのだろう。
 祭りに視線を注ぐ群集の中で、立ち尽くして目が泳ぐ自分が見える気がする。

 まだまだ町の懐には入り切れない。
 臆病は、そう簡単には直らないのだ。
 でも、旅は続く。
 懐に入れずさまよう自分は何者なのかと、考えたりしながら。
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by fastfoward.koga | 2008-08-16 21:16 | 一日一言