言霊の幸わう国

旅跡  Ⅷ 非一体感

 巨木が気になる。

 もともと東北へ旅をしようと思ったのも、昨年のJR東日本のポスターを見てからだ。
 南九州を旅しているときに目に付いたそのポスターには、青森の金木にある十二本ヤスが映っていた。
 薄れているもののわたしの頭の中では、うっそうと茂る葉の隙間から射す木漏れ日とその巨木の周りにこどもたちがたくさんいた気がする。
 とにかく巨木の存在感が圧倒的で、ほーっとため息をつかせるほど神秘的だった。
 そして思ったのだ。あぁ、来年はここへ行こう、と。

 でも時間が過ぎるにつれてその思いは霞み、いつしか消え、思い出したのは山形の新庄駅だった。
 電車の乗り継ぎに時間があり、立ち寄った駅隣の観光案内所にで最上の巨木のパンフレットを見つけた。
 そしてそこで、そうだったと旅の始まりに、振り出しに戻ったのだ。

 巨木と言えば、3年前に佐賀を旅したときも目にした。
 国の天然記念物に指定されている有田のイチョウだ。
 その日は風のある日で、遠くから眺めている間にざわざわと騒ぐ葉の音に誘われるように近づいていった。
 そばに寄ると、掌で触れるだけでは物足りず、恥ずかしくてできなかったけれど、できることならその大きな幹に精一杯腕を広げて抱きついて、頬を寄せて木の中心から聞こえる音に耳を傾けたかった。
 ほんの短い間で、巨木の持つ安心感と重厚感に魅せられたのだ。

 今自分の掌を灯りにかざすと、巨木を欲しているように見える。
 どんな種類の木でもいい。
 ざらざらとした感触を感じてみたい。
 撫でても撫でても、ひとつにはなれないその相容れないもどかしい感じを味わいたい。

 そうやって頭の中が巨木でいっぱいになったとき、辿り着いた。
 どの町の懐にも入れず、さまようことにきもちがしょげてしまっていたけれど、どこにも行けないと行き詰るよりはいいとやっと思えた。

 欲するものがある限り、否が応でもきもちはさまようのだ。
 たとえ手に入れたとしても、もっともっとと欲するものもあるかもしれないし。
 なんて、それは欲張りか。 
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by fastfoward.koga | 2008-08-17 21:39 | 一日一言