言霊の幸わう国

ショートヘアの主張

 31年の人生、振り返ってみても、わたしの髪が肩に届いた期間や回数はわずかしかない。
 しかもそれは、小学生のとき。みんなが髪を伸ばす学生時代、そして成人式でも長さは今とたいして変わらない。
 ま、正しくは、変えたくても変えられなかった半分、変わらなくてもいいや半分といったところだろうか。

 わたしの髪は、多くてクセがある。
 今は、月一のカットですいてすいてすきまくってもらっているので、それほどでもないが、な~んにもしてもらっていなければ、考えるだけでもおそろしい。
 男の人で「髪の長い女の人がすき」と言う人がいるが、そんなことをのたまう人はかなり印象が悪い。心の中で「ええ、あんたに好かれなくても結構」と毒づくくらいだ。
 現に、「なあんだ、そんなつまんない子だったのか」と伸ばしかけた髪を切ったという、遥か遠い思い出もある。

 今までに伸ばそうと考えたことがないわけではない。
 でも、似合わない、自分らしくないと、伸ばしている期間に自分が思っていることに我慢ができない。
 言うなれば、それはコンプレックスとの闘い。
 美容室でカットされて床に落ちた髪は、コンプレックスというなにか。だから余計なものやうっとうしかったものが一緒に消えてなくなった気になる。
 わたしにとって髪を切るという行為は、ほんのわずかの長さの違いでも、それは「変化」なのだ。時には、大げさではなく、生まれ変わったような気になることだってある。

 ショートヘアは考えすぎる自分の、潔くなりたいという理想の形。
 思い切りよく首筋も輪郭も出して、ええいどうだ! と、自分を主張したい。
 そんな大げさな決意を胸に、日曜日は美容室へいってきます。
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by fastfoward.koga | 2005-03-04 00:32 | 一日一言