言霊の幸わう国

ウエハースの五重塔

 京都音楽博覧会に行ってきた。

 京都音楽博覧会とは、くるりが主催する京都駅に程近い梅小路公園で開催される音楽フェス。
 博覧会の名のとおり、初めて開催された昨年に引き続き今年も各国からアーティストが参加した。

 昨年は予報はずれの雨が降り、雨具の用意をしてなくて濡れてかなりあたふたした。
 そのせいか終わったあとはぐったりして、楽しいながらも思い出の中では疲れが3割ぐらい占めている。
 今年はゲリラ雷雨の可能性も前日の天気予報では言われてたから、雨具の心配ばっかりで出かけた。
 が、昼間は太陽が照りつけて、気をつけてたのに肘から下が今は真っ赤になってる。
 夏の終わりにやってしもた。

 開催された梅小路公演は住宅が近くにあることが考慮されてるから、19時には終了する。
 会場を出て数10分京都駅まで歩いて、そこから電車に乗ってうちに帰って、とにかく汗を流そうとお風呂に入った。そして今はお腹を落ち着かせ、日焼けのアフターケアをしながらこれを書いてる。
 さっきまで、わたしは梅小路公園にいた。
 夕陽が沈みかける中、最後に登場したくるりを見ていた。
 でも、もううちにいる。

 昨年はどんな音楽フェスになるのか、見る側も手探りだったところがあったんやなと2年目の今日を迎えて思う。
 正直なんか肩に力が入りすぎて、夏の終わりの1日を十分楽しんだりできひんかった。
 でもなぜか今年は公園に着いたところで、いけるなと心のどこかで思った。

 開場前の梅小路公園には、リハーサルの音が聞こえてた。
 それだけで、きもちがふわっと浮き立つような感じがした。

 物販に並んでいる間に今年こそはと思ってたオープニングアクトとくるりのオープニングトークが終わって、1組目のハンバートハンバートの演奏がラストになったころ、わたしはやっと会場に戻った。
 まだ始まったばかりで芝生の上はざわついてるんちゃうかなとなんとなく想像してたら、全然そんなことはなく、ハンバートハンバートの声と音が伸びやかに響いていた。
 会場全体がやわらかいものに包まれているような。
 そういう絵が、見えた気がした。
 そのあとアシャ、Lana&Flipと続いて、もう汗が滝のように流れて止まらんくらい暑いのに、相容れないようなそのふわんとした空気感はなくならんとずっと会場に漂ってた。

 暑いのも、直射日光も、できるなら避けたい。
 でも今日はそういうことにイライラしたり、亀が甲羅に頭を隠すように頑なに我慢するようなことはなかった。
 暑さの不快な中でも、鳴り続ける音楽に救われ続けていた。

 14時を過ぎて、ステージには細野晴臣&ワールドシャイネスが登場した。
 細野さんが出たときは、貫禄という名のオーラを見た。
 ステージから離れた場所ではたったの数センチの人やのに、大きく見えるとはなんちゅうことか。
 そのあと出てきた小田さん(小田和正)にも思ったけど、人ってその人自身が積み重ねてきたものがどっからか湧き出てくるもんなんや。
 60代パワーはすごい。怖ろしい。

 細野さんに続いて、大工哲弘&カーペンターズ、そして小田さんが登場した。
 小田さんはピアノを弾きながら、1曲目に「言葉にできない」を歌った。
 あの高く澄んだ声。
 第一声から、一瞬雨を降らせた空に吸い込まれるように消えてった。
 それはほんまに、息を飲む瞬間やった。
 次のレイハラカミさんの一見この場には似合わなさそうなエレクトリックな音も、The Real Groupの楽器にしか聞こえへん高く低く自由自在に響かせる声も、みんな京都のじっとりとした空気に馴染んで消えていった。

 東の空に少し妖しげなオレンジ色の夕陽が見えるころ、くるりがステージに現れた。
 事前にホームページの掲示板で音博でやってほしい曲を募ってて、それがどれだけ今日反映されたかはわからんけど、今までで1番素敵なセレクトやった。
 始まりの「ブレーメン」。「リバー」、「真昼の人魚」、「飴色の部屋」、「五月の海」、「さよならリグレット」、「京都の大学生」、「ばらの花」(順不同。漏れの可能性あり)。
 どれも、今日この日のために作られたような気さえした。
 これが映画でベネチアで上映されてたら、金獅子賞もんやろうというくらい。

 ほんまに次々と奏でられる音楽に、体が自然と揺れた。
 特にサポートメンバーのエディのピアノと、ハンバートハンバートの佐藤良成さんのバイオリンが、最高によかった。
 なにもかもが去年のように肩に力が入りすぎるようなことはなく、自分も含めそこにあるもの全部が伸び伸びとしているように感じた。

 時間は風のようにさらさら流れ、夢心地やわあ、とうっとりしていたら最後1曲になった。
 今年はなにがくるのかと一瞬待ったら、流れてきたのは「宿はなし」のイントロやった。
 ああもう、どこまで究極やねん、と押し寄せてくる思いに唇を噛んだ。
 涙は出てない。蒸発した。
 気づくと周りが暗くなってて、照らされたステージは煌々としてた。
 照らされる照明に、岸田くんも佐藤くんも小さく明るく見えた。

 アンコールは細野さんと一緒に、「風をあつめて」。
 演奏後は、出演者のほとんどがステージに再登場し、ひときわ大きく鳴る拍手に包まれてた。

 岸田くんは、何度も何度もありがとうを言うてた。
 たくさんの人の協力があってできたことを、感謝していた。
 くるりの音楽に体を揺らしながら、わたしはステージの向こうにある京都タワーをちらちらと確認するように見ていた。
 何度目かで気づくと灯りがついていて、京都タワーは去年同様存在感を大きくしていた。

 1回目よりも、2回目。
 すべてが終わって会場を後にしながら、思っていた。
 2回目よりも、3回目、そして4回目、5回目。
 そうやって、続いてゆく。
 当たり前とまでは言わんでも、たぶんそこにまたあるだろうと思える安心感。
 でも、ほんまはそうじゃないんよなと思う。

 新しいこと、そして大きく変化することに敏感な京都。
 古いものを大切にするあまり、変革の機会を逃したりしてへんやろかと不安になることがある。
 そういう街の中で、新しいことに取り組む大変さ。
 面倒を嫌う人間へのアプローチ。
 そうそう道のりは簡単とちゃうよなと、気づいたところで呟いてみる。
 でも2回目を迎えた今年、ほの白く光る京都タワーの横にわたしはウエハースでできた五重塔を見ていた。

 歴史を重ねる。
 樹木のように、1年1年。
 それはウエハースみたいなもん。
 それをさらに重ねて、重ねて、重ねて、重ねて。
 重ねていることすら忘れるようになったとき、気づくと五重塔みたいになってるんかな、と。

 今日は、ほんまにええもん見せてもらいました。
 1年に1度の今日、この日と。
 そして同じ時間を共有できたすべての人に。
 感謝。
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by fastfoward.koga | 2008-09-06 22:44 | 一日一言