言霊の幸わう国

くるくる回る  プロローグにかえて

 えっちらおっちらと歩き、予定していた特急の発車時間の15分ほど前に越中八尾駅へ到着した。
 閑散とした駅前でひっそり開いていたお店で枡寿司を買い、自販機でお茶を買い、準備万端ホームで特急を待った。
 指定券を取っていなかったのでいかがなものかと心配していたけれど、ホームにやってきたワイドビューひだはガラガラだった。
 車両の真ん中あたりに陣取り、荷物を下ろし落ち着いたところで、流れ始めた景色にさよならーと胸の中でお別れを告げた。

 窓の外には、高山本線に寄り添うように、深い深い緑の色をした川が流れている。
 川の流れは進行方向とは逆に、後ろへ後ろへ流れてゆく。
 それがなぜかとても不思議な感じがした。
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 お昼のお寿司をお腹に納めしばらくすると、眠気に襲われ目を閉じた。
 もったいないなと思いつつビューポイントの飛騨古川や高山はうとうとしている間に過ぎ、下呂でやっと目を開ける気になった。
 下呂の街は、温泉の湯気が白く煙りを上げていた。
 地面が濡れて霞んでいるのは予報どおりの雨のせいなのか、そうでないのかはわからなかった。

 下呂駅から特急が発車し、眠る前と同じような色の川を見つめていると、流れがさっきとは逆になっていることに気がついた。
 今度は進行方向と同じくして、川は流れている。
 どこが分岐点だったのか知る由もなく。
 でも、そこが見たいのだときもちが疼いた。


 終点の名古屋まで行かず、特急を途中の岐阜駅で降りた。ここからはケチって在来線。
 乗った電車のシートで太宰の「津軽」の続きを読んだ。
 旅の終わりに次の旅への思いを膨らませていると、あるページで自分の名前を見つけた。
 思わずその部分を右手の指差し指で、数回なぞった。
 わたしの名は、1番のアイデンティティの象徴なのだ。


 米原で新快速に乗り換え、一路京都へ。
 このあたりまで来ると景色も見慣れ、いつもテリトリー感が出てくる。

 浄化の旅と名づけた、富山への旅。
 目的が果たせたかどうかは途中からよくわからなくなったけれど、終わってみればどうでもいいように思える。
 ただ旅がしたい。
 いつも胸にあるのは、それだけなのだ。


追記 : これは7月1日~3日に富山へ旅をした記録です。書くの遅っそー。
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by fastfoward.koga | 2008-09-15 16:57 | 旅行けば