言霊の幸わう国

過去と今日と明るい未来と

 今、スガシカオが先日ブログに書いた「黄金の月」をテレビで歌っている。
 歌の前のインタビューで、彼は歌詞に込めた思いを語っていた。

 「ぼくの未来に 光などなくても
 誰かがぼくのことを どこかでわらっていても
 君のあしたが みにくくゆがんでも
 ぼくらが二度と 純粋を手に入れられなくても

 夜空に光る 黄金の月などなくても」


 並んでいるのはどれも否定的な言葉だけれど、最後に「黄金の月などなくても」で止めた言葉のあとにポジティブな意味を込めた、のだそうだ。

 亡くなった友人Nくんと、「ても」のあとはなんなんだろうねと話したことがあった。
 それがなんなのかを口にした覚えは残っていないのだけれど、きっとお互いにその先には明るいものを見ていたように今思う。


 また再び聴き出したELLEGARDENの「虹」に、気になる歌詞がある。

 「積み重ねた 思い出とか
 音を立てて崩れたって
 僕らはまた 今日を記憶に変えていける」


 ベスパに跨って夜風に吹かれた帰り道、10年前、15年前の自分より今のほうがずっとこの意味を体の奥深くで理解できると思った。
 年齢を積み重ねた分、崩れた思い出も、同じく変えてきた記憶もたくさんあるからだ。

 若いからすべてが明るい未来に包まれているわけではない。
 と書くと、若さを否定することになるだろうか。
 ただわたしは、重ねてきたものの意味を、それに見合う十分なだけの重さとしたいだけなのだけれど。

 鬱々としたり、やがて来るべき別れを思ったり、失敗や傷を恐れたりもするけれど、そんなネガティブな思いの中で先にあるものが同じトーンのものだとは思えない。
 目が開けられないくらい眩しいものではないとしても、未来に明るさは必ずあって、迷って遠回りしたとしてもそこへ進むしかないことを、今のわたしはちゃんと知っている。
 それだけのことが、なんと心強いことか。
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by fastfoward.koga | 2008-10-08 23:56 | 一日一言