言霊の幸わう国

うすら寒い雨の日のバス停にて

 雨の降る中、バスを待っていた。
 腕の時計を見ると、5分以上遅れていた。

 昔はほんとうにバスを待つのが嫌だった。
 時間の無駄遣いをしているようで、いつ来るともわからない当てのないものへの思いをバス停で持て余していた。
 自分でコントロールできない。
 それがとにかく嫌だった。
 時間がかかっても、体力が必要でも、高校生までは片道20キロほどあっても自分で自転車を漕いでいるほうがマシだった。
 高校を卒業したらすぐに原付、その年の夏休みには車の免許を取った。
 だから、バスに乗るのは雨の日くらいだった。

 バスを待つ、というキーワードで記憶に検索をかけると、今日のような肌寒い雨の日を思い出す。
 足元からせり上がってくる寒気。
 腕の裏側あたりに感じる寒気。
 それらを感じると、首元やお腹のあたりもスースーし始めて、そうなるともう気分がうんざりした。
 肌寒さが、バスを待つ憂鬱にさらに輪をかけるのだ。

 バス停でそんな記憶を掘り返していると、ここ数日感じていた心細さを自覚した。
 肌寒いからドアも窓も閉めたいのに、いつやって来るかわからない人をニュートラルなきもちで迎えるためにそれができない。
 憂鬱になって、心細くて、最後は寂しいなと思って。
 すべての扉を閉めてしまいたい衝動にときどきかられながら、途切れ途切れ心細さを認めたらほんの少しの間だけ固くなったきもちが緩んだり。

 バスに乗るだけで、そんなことをぐるぐると頭に巡らせていた。
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by fastfoward.koga | 2008-10-14 21:05 | 一日一言 | Comments(0)