言霊の幸わう国

カテゴリ:四〇〇字・課題( 17 )

おうどん

 ある日の送別会。主役とはずいぶん遠い離れ小島のような席に着いたせいで、女ばかり六人が会の主旨とは異なるとりとめのない話をしていた。
 宝くじがいくら当たったら会社を辞めるか。
 とんねるずの「食わず嫌い王決定戦」に出るなら、嫌いなものひとつとすきなもの三つはなにを選ぶか。
 そして、最後の晩餐になにを食べるか。
 軽い、でも各人の趣味嗜好が出る話題というのは、いつだって盛り上がる。みなそのときは真剣に考えるおもしろさがあるものの、テーブルを離れたらぱーっと忘れる。ほどよい距離感でお付き合いする人との間では、そのくらいの話題がちょうどいいのだ。
 だから、そのときみながなにを最後の晩餐に食べたいと挙げたかはうろ覚えだ。たぶん、言っていたのはこんなことではなかったか。
「わたしは、白いご飯とお味噌汁があればいい。」
「わたしは、やっぱりお肉。」
「わたしは、お母さんの作ったカレー。」
 最後のその言葉に、わたしは目を大きく見開いた。
 ちなみに、わたしは「出し巻き」と答えたのだが、みなから「お母さんが作ったの?」と尋ねられ言葉に詰まった。そのときわたしが頭の中に描き、口の中で味を再現したのは、母が作ったという枕詞のようなものはつかない、おだしの効いたただのおいしい出し巻きだ。
 決して母の作る出し巻き、ひいては料理全般がおいしくないと言っているのではない。我が母ながら、おいしいものを食べるために作る手間は惜しまないし、その出来上がりには文句のつけようもない。でもわたしには最後の晩餐で「母の作った」ものという発想はなく、だから前出の「カレー」という同僚の発言に驚いたのだ。
 こういうとき、二〇年も離れてひとり暮らす兄ならなんと言うだろう。そんな思いにひとりふけっている間に、話題は次のものへ取って代わられていた。
 次の話題は食つながりで、我が家のお昼の定番。母が「今日のお昼、簡単なんでいい?」と言うときのメニューはなにか、になっていた。
 これも人それぞれ家庭ごとに違っていて、ある人は焼き飯、ある人は丼物だと言った。
「ああ、うちはおうどんやわ。」
 言いながら、わたしは台所から「お昼、おうどんでいい?」と大きな声で聞いてくる母の声を思い出していた。それは、子供のころも、つい先日もあったような気のするいつかの日も変わらない母のセリフだ。
「卵落としてえ。」
 必ずそう言うわたしに対して返事をしない母が、よう飽きひんなあと思っているのは空気でわかる。たまに「肉うどん、できるで」と言われても、そこは頑なに「たまごでいい」と月見うどんをリクエストするわたし。そのほうが、おだしの味がよくわかるからいいのだ。
 でも、そうして母が作ってくれるうどんのだしは、別に一から丁寧にだしをとっているわけではない。ヒガシマルのうどんだしだか、味の素の粉末だしあたりを使っている。
 それでもなぜだろう。母が作ってくれるおうどんが、わたしにとっての母の味のような気がする。
 これを聞いたら母は、他にいくらでも手間ひまかけて作ったものがあるはずだと異議を唱えるだろう。そして、最後の晩餐に食べたいものを思い浮かべたとき、母が作ったものという発想すらなかったことにがっかりするかもしれない。
 そこでわたしは言う。
 わたしのこの味覚は、母が作ってくれたものを家族で食べてきた中で培われたものであり、それがなければおいしいと感じる幸せはなかった。と言うことは、わたしがすきなものに母の作ったものを選ばなくても、母が作った味を選んだのと同じことなのだ、と。
 でもまあ、これも言い訳じみているのでいちいち口には出さない。ただ、毎日作ってもらっているごはんを、「いただきます」、「おいしい」、「ごちそうさま」といただくことにするとしよう。

 課題 テーマをひとつ選び、記述しなさい。
     選択テーマ 「ランチ(具体的な食事の一品を盛り込む。)」
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by fastfoward.koga | 2010-05-12 22:06 | 四〇〇字・課題 | Comments(0)

見送り

 旅に出る日の朝は早い。
 今年の二月に岩手へ友人と旅に出るその日も、わたしは五時に起き出し、仕事が休みの両親を起こさないよう支度を始めていた。空港行きの乗合バスが家の前まで迎えに来るのは、六時一〇分。着々と準備を進め、五分前には玄関でスタンバイしていた。
 表で車のエンジン音が聞こえ、玄関扉にはめ込まれたガラス部分から外を覗きこんだと同時だったろうか。階段を下りるスリッパの音が聞こえた。
 父だろうか母だろうかと思いながら、履いていたジーンズの裾を折りたたみ、冬旅用のラバーブーツの中に押し込んだ。けれど、チャイムを鳴らされないようにとあわてたせいか、足がなかなか入らない。少し足を浮かせて力まかせにラバーブーツを引っ張り上げたら、勢いあまって後ろへひっくり返った。キリリと冷たい床に背中をつけたまま見上げると、そこには父が立っていた。
 なんとなく、起きてきたのは母のような気がしていた。だから、なんだお父さんかと内心思った。
「いってきます。」
 早いねとか、寒いねとか、もう迎えにきたわとか、短い言葉がいくつも頭を過ぎったけれど、結局それしか口にできなかった。
「気をつけて。」
 そのままトイレに入るかと思いきや、父は扉を開いたわたしの後を追ってきた。
 ああ、新聞だろうかとお迎えのドライバーさんに会釈だけし、ポストから新聞を取り出した。裸足に寝巻きでは寒いだろうと素早く手渡したが、父は後ろへ下がらなかった。
 バスの中から振り返ると、まだ玄関先で立っている。その顔に向ってもう一度「いってきます」と口だけ動かしたところでバスは走り出し、普段はそんなことをしないのになぜかわたしは小さく右手を振った。

 こどものころ、朝仕事に出る父を見送ったことがある。あれは小学校の三、四年生くらいだっただろうか。今の家ではなく、以前住んでいた家でのことだ。
 一般的に見送りなど珍しいことではないのかもしれないが、父は朝必ず卸売市場にある店に顔を出していたので、毎日五時半には家を出ていた。父が勤めているのは、折箱の製造販売の小さな会社だ。古希を迎えた今も出勤日数は少し減ったものの現役で、料理屋さんで使う木の折箱を作っている。
 その日は、ちょうど父が出る時間にふっと目が開いた。耳を澄ますと、階下から両親の話す声が聞こえてきた。真冬ではなかったが、ふとんから一度抜け出してまた眠るにはためらう季節だったのでどうしようかとほんの短い時間思案したあと、わたしは部屋を出て階段の一番上に座り込んだ。
 まっすぐで急な階段だったので頭を傾け覗き込むと、父はもう靴を履いて三和土に降りていた。手前には母が立っていて、なにか言いながら父へカバンか荷物を手渡していた。
「いってらっしゃい。」
 両親の会話を遮るように声をかけると、ふたりが振り返った。
「いってきます。」
 父が想像以上にうれしそうな顔をして見上げたので、わたしは満足してふとんに入り、再びすとんと眠りについた。

 その家から引っ越したのは、高三のときだ。
 今の家の玄関は、やたら広い。吹き抜けになっているから余計にそう感じるのかもしれないが、扉は二メートル以上あり、開け閉めは雑にするとガシャンと大きな音が鳴る。それでも居間兼台所にいると水音やらテレビの音で人が出入りしても気づかないので、引っ越し早々父はどこで買ってきたのか、内側にベルを取り付けた。ちょっと古めの喫茶店によく付いている、あれだ。
 一八年も経てばベルも老化するのか、今となっては大して役に立たなくなってきた。母には無用心だから昼間でも鍵を閉めておくようにと言っているが、当時高校生だったわたしは厄介なものがついたと思っていた。夜遅くこっそりうちを抜け出そうにも、これではどうしようもない、と考えたのだ。
 がしかし、それも数年だけのことだ。だんだんベルの鳴らない扉の開け閉めを覚え、二階で寝ている両親に気づかれず夜遅く帰ってくることも平気になってきた。
 うちには明確な門限はなかった。もともと父は朝早いので、夜は一〇時を回るとたいてい寝てしまっていたから、あとは母にさえなにも言われなければよかった。それでも十代後半、二〇代前半は特に、お咎めを受けないように細心の注意を払っていた。
 そうやってだんだん抜け道を探すように帰宅時間が遅くなっていったある晩、日付が替わるころうちに帰り、ちょうど目を覚ましてトイレに起きてきた父と鉢合わせしたことがある。わたしは少し酔っていたが、冷凍庫にでも放り込まれたように突然シャンと目が覚めた。父は本当なのかふりなのか寝ぼけているようで、「おかえり」とだけ言ってすぐに二階に上がっていった。
 あのとき、父はすぐに眠ったのだろうか。

 玄関で鉢合わせしたと言えば、もっと気まずい思いをしたことがある。
 思う存分友人たちと飲み、始発が出るのを待たずにタクシーで帰ってきた朝、時計も見ずに玄関を開けるとそこには出勤前の父がいた。夏が近かったので、北側の玄関ですらも灯りの必要はないくらい明るかった。わたしは心の中で声にならない叫び声を上げた。父の顔はほとんど見なかった。でも黙っているわけにはいかない。
 先に口を開いたのは、父だったような気がする。
「おかえり。」
「ただいま。・・・いってらっしゃい。」
「いってきます。」
 わたしも三〇過ぎていたので、さすがにもう朝帰りをして叱られはしなかった。けれど数日後、母から、仕事に行く時間に鉢合わせするのはなあと、父がぽつり呟いていたと聞いた。
 それ以降、何度も飲みに行っては朝帰りしたけれど、どんなに酔っていても家に入る前には近くなると必ず時計を見るようになった。一度は乗っているタクシーが出勤する父の車とすれ違い、後部座席でずるずる腰を落として姿を隠し、あるときは角の自動販売機の陰で父の出勤を見送った。
 そういうときは、なぜだろう、突然夜が明けて朝がやってきたような気になる。
 今はもう父が出勤するような時間まで飲んでいられなくなったので、帰りにどきりとすることはない。
 そんなことで父が安心してくれるとしたら安いものだが、もちろんこれは親孝行とは言わない。あまり出来のよくない娘だが、それくらいは承知している。

 課題 父母のうちどちから一人をテーマにして、エッセイを書きなさい。
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by fastfoward.koga | 2010-01-08 22:59 | 四〇〇字・課題 | Comments(2)

巨大なひよこ

 わたしは、驚かされるのがすきではない。
 自分の知らないところで、自分に関わる何かが進行するのが自己制御できないように思えて、恐怖心を感じてしまうのだ。
 だから誰かがサプライズでわたしのためにお祝いをしてくれたとしても、素直に感謝も喜びも伝えられないことがある。つくづく損な性格である。
 でも毎日の生活の中で、ピリッと効かせるスパイスは時として必要だ。単調なリズムのくり返しはきもちを萎えさせるし、新しいエネルギーも生まない。
 だから自分になり日常に変化をつけて、工夫をしている。でも自分が常に発信元になるというのも、正直限界がある。
 ネタも尽きてきたなと思っていたある朝、いつものように会社に向った。改札を抜け外に出ると、爽やかな風が通り抜けた。駅のそばを流れている川から吹いてきたのだ。全身でそれを受け止め視線を移したら、目の前には黄色い巨大な物体があった。なんとそれはひよこだった。
 ビルの二階に相当する高さのビニールらしき素材でできた巨大なひよこは、川の流れにも動じずに浮かび、大阪に立ち並ぶ高層ビルを見つめていた。惚れ惚れするようなその力強い横顔と、赤い口ばしにまあるく鮮やかな黄色い巨体にわたしは見入ってしまった。
「なんでこんなところにひよこが。しかもこの大きさはなんやねん。」
 結局あとで調べたら、「水都大阪」というイベントの一環だということはわかったが、見たこともない大きさのひよこについて考えれば考えるほどおかしさがこみ上げ、終いにはふっと笑ってしまった。
 サプライズはすきではない。でも相手が物言わぬひよこなら、わたしも安心して笑って受け止められた。
 これはひよことわたしだけの秘密だ。

 課題 最近驚いたこと
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by fastfoward.koga | 2009-09-19 22:41 | 四〇〇字・課題 | Comments(4)

一陣の雨

 昼まで清々しい青を広げていた空は、三時を回るとだんだん重く厚い墨色の雲に覆われ始めた。ざっとひと降りくる。空を横目で見ながら出かける支度をしていると、四時前には雨は降り出した。
 うちにいて雨に気づくのは、いつも雨粒がベランダの屋根に落ちたときだ。雨はあっという間に視界を包み、辺り一面を水浸しにしてしまった。時に強弱をつけながらもやむ様子はまったく見せない。しまいには、あまりの勢いに窓の外は白く煙って遠くに見えるはずの焼肉屋の回転看板が見えなくなった。雷も地響きかと思うくらい大きな音を立てている。やむことを期待して出る時間を遅らせていたが、五時を過ぎてキリがないと諦めた。
 覚悟を決めて玄関から一歩外に出たとたんに雨が強まった気がしたのだが、それは気のせいではなかったはずだ。どしゃどしゃどしゃと大きな音が鳴っている。後々のことを考えて手にした、小さく折り畳めることが利点の傘の下で、わたしは肩をすくめてバス停へ急いだ。傘はできるだけ低く持って歩いていたが、うちを出て数分で雨用だと割り切って履いた黒い革靴はあっという間に湿り気を帯びた。膝あたりで裾が少し広がったワンピースの裾も濡れて色が変わってしまっていた。一歩歩くたびにむき出しのアキレス腱に、アスファルトの欠片と水しぶきが飛びつく。この濡れ始めがなんともきもちが悪い。しかしあまりそのきもち悪さを突き詰めないように、頭の中を空っぽにしてバスに乗ることだけを考えた。
 バス停に着くと、外にいるせいか雷がぐんと近くに感じた。いつもなら雷に恐れ戦いたりはしない。でもこの日ばかりは、首をぐっと持ち上げて見る空に目を見開くほどの鮮やかな閃光が走ると傘を握る手に力が入った。しかしぐっと握り締めて大きな音がおさまったあとふと冷静になり、いざというときは傘を投げ出すくらいじゃないと、と逆に手を緩めたりした。
 降りしきる雨の中道路に体を乗り出して道の向こうを見つめても、バスは一向に姿を現わさなかった。反対車線は、百メートルほど先の交差点で引っかかっている車が連なり、運転席からこちらへチラッと視線を投げかける人もいる。雨と雷が渦巻く空の下立っているわたしは、濡れねずみのように見えるのだろうか。知り合いでも折りよく通りかからないかと到底叶うはずもない願いを胸に、ひたすらバスを待った。
 その間、わたしは何度か足首の辺りをタオルで拭った。でもじっとしていても雨はアスファルトを跳ね、足にまとわりついた。靴の中に収まっている短い靴下もじとっと足に張り付いている。昼過ぎには三〇度近くまで上がっていた気温も今は湿気で濡れたように感じるせいか、二の腕の後ろや首筋が心細くなったのでカバンから薄いストールを取り出して首に巻いたが、寒気は取れず無意識に二の腕を擦っていた。
 数分おきに何度時計を見ても、バスは来なかった。雷は少し遠くに聞こえるようになり、西の空にも明るさが見えてきたが雨はまだ容赦ない。下手な演出のドラマのように、風が強く吹くと雨粒が一瞬浮き上がった。雨は降り続いて、道は混んだままで、バスは来なくて、それでも自分はこうして永遠に立っているような気がした。けれどももういらいらするほどの熱も残っていない。シャッターを閉じた店のように、わたしはただじっと耳を澄まして立っていた。
 なにかを待っているとき、自分が落とし穴の中に落ちたような気がすることがよくある。その暗さにあせって今みたいに、遠回りになるけれど逆向きのバスに乗ろうかとか、タクシーを呼んだほうがいいかとか、いろいろ考えて、挙句待ちきれずに行動して後悔することが多いのが自分だ、と己を省みていつも妙な人生論を持ち出してしまう。待つべきか待たざるべきか。こんなときにおかしなことを考えてと思う反面、事実わたしはずっとその判断が正しくできているか頭を悩ませている。
 でもその日は、傘の柄を握り締めながら、今日はもう諦めよう。ここで、例え一時間待ったとしても初めに乗ろうとしたバスに乗ろう。なにがあってもそれが答えだ。そう決めて立っていた。
 するともう時計を見ることもしなくなって久しくなったころ、バスは姿を見せた。悪びれもせず、いつもと同じ顔で。どんなに首を長くして待っていても、現れるときはこっちの気も知らずあっさりしたものだと、呆れてバスがドアを開けるのを待った。
 四つほどバス停を過ぎると、フロントガラスに当たる雨粒はほとんどなくなっていた。こんなものかとまた呆れていると、西の空には太陽のシルエットが見えた。雲越しでもオレンジ色の陽射しは、わたしの手を照らした。もうしばらくしたら、驚くような夕陽が見えるかもしれない。

 課題 夏目漱石の『永日小品』を読んで自分の『永日小品』を書いてみよう
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by fastfoward.koga | 2009-07-28 19:48 | 四〇〇字・課題 | Comments(0)

『33の質問』 ②

② 自信をもって扱える道具をひとつあげて下さい

 何度もブログに書いているが、わたしは手先が器用ではない。ビーズも裁縫も切り絵も、やっては見るけど想像以上のものが出来上がったことはない。指先が自分の体の一部であって自分のものでないという感覚。だから自信をもってと限定されると、余計にどれもこれもあげてはいけないような気になる。
 でもなにかひとつあげないとこの質問は成り立たない。なにかないか、なにかないかと自問自答して、苦し紛れに思いつくのはキーボードか。仕事柄、手元を見ながらキーボードを叩いているようでは遅いのでブラインドタッチを入ってすぐの研修で教えられたのだが、これはほんとうに身につけておいて損のないスキルだった。おかげで締め切り間近のレポートもスムーズ。ただしそれは、書くネタがあればの話。
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by fastfoward.koga | 2009-07-16 23:25 | 四〇〇字・課題 | Comments(2)

プール

 コップに入った水は、照らす灯りとは反対側に影をつくる。体を折り曲げるように内へ内へと影は濃くなり、間を切り裂くようにひと筋の光が通り抜けてゆく。その様を見ていると、神様にでも導かれるようにすっときもちが開いて上ってゆく。
 我慢できずにコップの中に指を浸す。指先に触れる水の温度が、そこだけ蒸し暑さをなかったことにしてくれる。行儀が悪いと指を引っこ抜くと、濡れていることに違和感を覚える。ずっと水の中にいれば、濡れているという感覚はない。そこで自分が水の中に体を沈めてしまうことのほうが、今よりずっと正しいことだと思っていることに気づく。
 どうして自分は魚じゃないのだろうか。こどものころは水の中をつるつる滑るように泳げたのに。あのころも水の中に潜るとやっぱりひと筋の光が見え、ひたすらそこへ辿り着こうとしていた。コップの水を見つめていると、つるっと飛び込みたい衝動に襲われる。

 課題 「ガラスのコップに水を入れて机上に置き、
       それを見ながら『水の入ったコップ』というテーマで四〇〇字の作品を作ってみよう」
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by fastfoward.koga | 2009-07-07 23:27 | 四〇〇字・課題 | Comments(2)

『33の質問』 ①

① 金、銀、鉄、アルミニウムのうち、もっとも好きなのは何ですか?

 4つを頭に思い浮かべたけれど、なぜか塊が想像できなかった。思い描いたのは、どれも折り紙みたいに薄い板状のものだった。それをなぜだかわたしは想像の中で噛んでいる。そして苦々しい顔を実際にしてしまう。
 想像だというのに、しかも自分が広げた世界だというのに、なぜそんなことを思い描くのか。よくわからないけれど、金、銀、鉄、アルミニウムが4つ並ぶと条件が揃ったとばかりに、何度この質問に対する回答をしようとするとそこへ行き着いてしまう。
 で、結局どれを選ぶのかというと、うんと唸ってひとつひとつを想像したあと鉄を選ぶ。
 街中でふと寄りかかったところにある鉄。歩道橋、標識の柱、手すりなどなど。人待ちの間にそっと触れるとひんやりとした感触を伝えてくれる鉄は、ほんの少し待つことに囚われてしまう気を紛らわせてくれるのだ。
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by fastfoward.koga | 2009-06-18 22:07 | 四〇〇字・課題 | Comments(2)

憑き物退散

 久々に襲われたひどい頭痛。おさまった今になって、仕事もしかめっ面でするくらいだったのになぜ頭痛薬を飲まなかったのを考えた。きっと目の疲れからきていると自覚していたからだろう。わたしは、原因がわかると世の中の半分以上のことに納得できてしまう。
 今日はやっと髪を切りに行った。着々とベリーショートからマッシュルームに変貌中。髪の色が明るくなったので、美容院のあとに出かけたデパートの化粧品売り場の女の子に、眉も合わせてちょっと明るくするといいですよと言われた。たいしたものは買っていないけれど、お化粧直しをしてくれた。オレンジのチークが、いい感じで頬に乗る。
 映画の上映時間までの時間潰しのつもりで行ったリフレクソロジー。あまりのきもちよさに映画はどうでもよくなって、そのまま帰途に着いた。足の裏からふくらはぎ、膝の裏まで念入りに揉んでもらった。休みらしい休みの過ごし方で、憑き物が落ちたよう。
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by fastfoward.koga | 2009-06-12 19:34 | 四〇〇字・課題 | Comments(0)

『魂のゆくえ』

 目が乾くのは2週間の使い捨てコンタクトが13日目だからだろうか。
 右側の頭の前方がズーンと痛いのは、雨が降り出したせいだろうか。
 仕事が終わってから、車でくるりの新しいアルバムを買いに行った。待ちきれずに車に乗ったらすぐに封を開けた。暗い雨の夜道。乾燥で目がしばしばするのに耐えながら、ハンドルを握った。
 このまま車を走らせて最後まで聴きたい。もしくは、どこかに車を停めてシートを倒し、目を閉じて聴きたい。そんな思いに駆られた。でもちょっと遠回りしたものの、4曲目の『夜汽車』で車はガレージに納まった。
 雨でなければ、夜でなければ、目が乾いていなければ、頭痛がしなければ。二度と巡ってこないシチュエーションに後ろ髪を引かれる。でもまだ死にたくないしな。

 インタビューはこちら→ 
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by fastfoward.koga | 2009-06-10 20:25 | 四〇〇字・課題 | Comments(5)

晴れ男

 帰りの電車の中から、ずっと昨日今日降った雨の描写について考えた。この雨は、わたしが今までに出会った雨とは違っている気がしていた。なんども頭と心のフィルターでろ過して、はまる言葉を探してみた。でもなかなかしっくりくる言葉に変換されない。内へ内へと向かっていた視線を外に向け、周囲にピントを合わせてみた。そうやっていると、なんとなくしっぽを掴まえることができたような気がした。
 この二日間、うまく雨を切り抜けたせいか雨が降ったという実感がなかった。雨音に耳を澄ますこともなかったし、落ちてくる雨の質感も捉えることがなかった。そう。今回の雨は、ただ世界のすべてを濡らしたという事実しか、わたしには与えなかったのだ。そんな微妙な雨の日に、雨の降る小説を読んだ。空いた電車で、その一文から目を離し見えた景色が忘れられない。
 一日の終わり、別の世界に旅立った彼のことを考えた。たった二分。そんな時間しか向き合うことができなかったけれど、今日見た景色のようにその存在を忘れることなどない。
 晴れ男だった彼のことをこんな雨の日に思い出すなんて、奇妙な感じがする。そうこうしているうちに三六五分の一日がしっかりと手応えを残して、新しい一日に変身した。こうして今もわたしの時計だけが進んでいる。

 課題 「私の出会った人物」というテーマで六〇〇字の作品を作ってみよう。
     さっきと同じテーマで、もうひとつ。同じ人物を違う視点、違う手法で書いても、別の人でも可。

 ※ 過去、ここで書いたものを手直ししています。
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by fastfoward.koga | 2009-06-09 22:06 | 四〇〇字・課題 | Comments(0)