言霊の幸わう国

カテゴリ:一日一言( 1357 )

想定範囲

 8月31日の夕方はいつも寂しい。
 子どものころの名残で、夏が今日で終わってしまうと胸が疼く。
 今年の夏の心残りは、花火が見られなかったこと。
 ほんとうはそれだけではないけれど、そんなこと毎年のようにあるから、こだわりつづけたりはしない。

 昨日21時ごろに送ったメッセージ。
 じっと待ってはいられず、お風呂に入り、寝支度をし、ベッドの上でスマホをいじり、最後に毎晩の儀式のように本を広げ眠った。
 忠犬のようにおとなしく返信を待っていられなくて、22時半には灯りを消して目も閉じた。
 枕元にはいつもは置かないスマホ。
 返信が来たらわかるだろうと、するんと穴に落ちるように眠りについた。

 今朝になって、23時ごろに返信があったのを確認した。
 着信にはまったく気づかず。
 あと30分、そこまで待てなかった自分。
 朝返信したけれど、それにはリアクションなし。

 またすれ違ったなと思うわたしに、秋の匂いの混じる風が吹く。
 ひんやりしているのは、気のせいか。
 想定内といえば、想定内。
 でも、寂しくないわけはない。

 なにがどこにおさまっているというのか、自分でもわからないや。
 でも、今夜彼がすうすう寝息を立てて眠れるくらい、安らかであればいいなと思う。
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by fastfoward.koga | 2014-09-01 23:29 | 一日一言 | Comments(0)

開いた掌

 部屋にいると、どうしても定位置ができてしまうものだけれど、最近休みの日にはそれをあえて崩すようにしている。
 昨日もいつもなら座りもしない窓のそばに寝転がり、買ってきた本を読んでいた。
 昼過ぎから降り出した雨も少し弱まり、風が吹いてカーテンをふわりと揺らしたその端をつかまえ、網戸越しに空を眺める。
 片方の手を本の間に挟んだまま、薄灰色の雲の模様を視線でなぞった。

 そこでふと、いつかの夜に見ていたスーパームーンを思い出す。
 そして、すきな人のことも思い出す。
 わたしの人生はこんな記憶でできあがっているのだなあと考え、そういう記憶が積み重なってきていることの歓びと、一方で記憶だけで留まる歓びというものへの寂しさを募らせた。

 いかんいかん。ひと月は仕事に集中しようと決めたのだ。
 少しだけ、離れよう。
 握りしめた執着を、1本1本指を開いて解き放つために。
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by fastfoward.koga | 2014-08-25 22:32 | 一日一言 | Comments(2)

勇気のカード

 帰り道、きれいな夕陽を見ながら、ひとつ手前の駅で下車し長めに歩いた。
 歩いている間に、今日の夕日はきれいだよとすきな人に伝えたくなり、その素直なきもちのままでゴハンに誘った。
 結果は、またまた玉砕だった。
 断りの言葉のあと、もうそれで今日は終わるのだろうと思ったら、短い言葉ではあったけれど返信があった。
 なければ、いよいよ引き際について本気で考えなければと思っていた。
 でも1行でもなにか返ってきたら、望みをつないでしまう。

 昼間、友人に、何度も断られながらもゴハンに誘う勇気を、自分はあと何回出せるかという話をしていた。
 今日断られて、たぶん、お互いの忙しい時期を越えたらもう1回は誘えると思う。
 でも、勇気のカードがあと何枚残っているのか、それはわからない。

 今すぐあきらめるきもちはない。
 だから、明日から腹をくくって働く。
 ひと月ほどどこかふわふわしていたけれど、そこに熱を注ぎ込む覚悟ができた。
 当たりさわりのよさでできるのも、きっとここまで。
 本気で向かわないと、この先の仕事は歯が立たない。
 と考える一方で、そうやってがんばればご褒美がもらえるんじゃないかと思うきもちもある。
 やる前からそれじゃあ、いけないんだろうけど。

 経験値を上げて、勇気のカードを増やしたい。

 戦場は目の前。
 戦うは自分。
 まずは1か月1本勝負に挑む。  
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by fastfoward.koga | 2014-08-21 23:12 | 一日一言 | Comments(0)

けものみち

 いつからか自分のことばかり考えるようになったのか。
 どうしてここまでになんとかしようと思い込んでしまったのか。
 いったいなにに対して自信をもってしまったのか。
 根拠のわからぬ自信だというのに喪失している自分という人間はどうなのか。
 自分で自分をがんじがらめにしているとわかっていてどうすることもできないのはどうしてなのか。

 今の自分はいやだなと思う。
 余裕がないのではなく、ほんとうに自分のことしか考えてない。
 やっぱりまだ心のどこかで、これだけのことをしたんだから報われてもいいはずだと思っている自分がいる。
 相手を思うだけ思って、最後に傷つきたくない。
 いや、そうじゃない。ほんとうは、これだけ思ったのに損をしたくない、と思っている自分がいる。

 なんでそんなことを思うようになってしまったんだろう。
 損得勘定なんて、すきだというきもちに関係ないはずなのに。

 こんなふうに、このまま停滞していても決してあきらめきれないとわかっている。
 なら、またきもちを新たに進むしかないのに、毎日心の中で「タスケテー」と叫んでいる。

 誰かに、なにか言ってほしい。
 できることなら、希望のもてる言葉。
 そして、未来に対して確信に満ちた言葉。

 でもそんなもの、誰からも与えられるわけはなく。
 そう頭でわかっているのに、欲するきもちはゼロにはならない。
 欲しているものが、違っているから。


 書いていたら、ちょっと見えてきた。
 ほんとうに欲しいものと、それを手に入れるためにすべきこと。
 方法が正解かどうかわからないけれど、たぶんそれをするためには時間をかけて、またひとつずつ積み上げていかなくてはならないんだろう。

 わたしが1番認めるのが怖かったこと。
 それは、時間をかけること。
 積み上げてきたと思っていたことが崩れたことより、ああ、また同じような時間をかけることを労力だと感じたことが、胸にずしりときた。
 
 自分のきもちに正直になることもままならないのは、年齢のせいだろうか。
 と考えるのは悲しいし、それはやっぱり逃げにしかならない。
 本気で逃げるなら、あきらめてしまえばいいだけだ。
 でもそれもできないとわかっているなら、今のわたしには逃げ道すらないということだ。

 そんな考えに、書いて辿りついたら、ちょっとほっとした。
 しょうがない。すきになってしまったのだもの。
 行きつく先が望みどおりの場所でなくても、道はただひとつだけ。
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by fastfoward.koga | 2014-08-17 22:02 | 一日一言 | Comments(2)

22年ぶりの上巻

 今日、谷崎潤一郎の『細雪』の上巻を買った。
 中下巻は20年近く前に購入していたのに、なぜか本棚に並ばなかった上巻。
 飛ばして読むなんてことは絶対にしないので、おそらく図書館か友人に借りて読んだのだろう。
 当時から読む本は自分のものにすることがルールで、今買わないとあとで困ると思ったことは記憶しているのに、その理由はさっぱり思い出せない。
 でも、なにかのきっかけで手にした上巻を手放して買うのももどかしく、もういいやと読み始めた気がする。

 谷崎を初めて読んだのは、大学のとき。
 他校の非常勤講師の先生が谷崎を専門としている人で、授業で紹介されたのをきっかけに興味を持った。
 当時授業の空き時間に、友人と『細雪』を執筆した倚松庵に見学に行ったこともある。
 読みかけの本を持って祖母のうちに泊まりに行ったら、「そんなん読むのかあ」と祖母がうれしそうな顔をしてくれた。
 その祖母は、軽い認知症で母のことはわかってもわたしの名前はもう思い出せないのだけれど、祖母に会いに行くといつも『細雪』が思い出された。

 中下巻に記した購入日をながめ、なにか塊のようなものが胸から下がり胃のあたりで留まるような感覚を覚える。
 そして今気づく、
 上巻と中下巻とでは文字の大きさが違っている。
 カバーが変わっていないので、中が変化しているとは思いもしなかった。
 今日わたしが購入したのは、新装版だったのだ。

 22年の時を、わたしはちゃんと生きてきたのかな。
 少しセンチメンタルなきもちになりながら、22年ぶりに『細雪』の世界に身を沈める。
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by fastfoward.koga | 2014-08-12 22:26 | 一日一言 | Comments(0)

続報「はじめての土偶」

「はじめての土偶」の著者、こんだちゃんがトークショーをします!
 しかも場所は、スタンダードブックストア心斎橋!
 べっぴんさんが、土偶への愛を語ります。
 ぜひみなさまお誘いあわせのうえ、ご参加くださいませ!


■「はじめての土偶(世界文化社)」刊行記念 武藤康弘×譽田亜紀子トークショー
 平成26年8月22日(金) 19時30分~
 @スタンダードブックストア心斎橋

 くわしくはこちら→★★★
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by fastfoward.koga | 2014-08-03 21:22 | 一日一言 | Comments(2)

「はじめての土偶」

 友人のこんだちゃんが、本を出しました。
 その名も、「はじめての土偶」。
 土偶がを愛してやまないこんだちゃんが、一生懸命作りました。

 ぜひ、家庭に1冊かがでしょうか。
 もしご購入いただけるなら、ぜひAmazonでポチではなく、書店のカウンターで「『はじめての土偶』の予約をお願いします」と元気よく言ってみてください。
 書店員さんが、なんだその本? とおもしろがってくれたらしめたもの! を狙っています。


■「はじめての土偶」 武藤康弘監修/譽田亜紀子取材・文 世界文化社
 詳しくはこちら→
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by fastfoward.koga | 2014-07-20 19:45 | 一日一言 | Comments(0)

未来に執着しない

 執着と願いは違う。
 執着はその陰に怖れがある。
 怖れているのは傷つくこと。
 でもこちらの思いは表に出さないと相手には伝わらない。

 だから、未来に執着しない。
 くよくよ考えすぎることも、調子に乗って妄想することも、気をつけようとしたってやっぱりしてしまうだろうけれど、どんな未来も簡単に傷つく人間じゃないと自分を鼓舞して立ち向かう。
 まずは信じる、自分も相手も。
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by fastfoward.koga | 2014-07-20 00:44 | 一日一言 | Comments(0)

スーパームーンと金縛り

 わたしのすきな人は、今日は夕陽がきれいですよとか、明日は熱くなりそうだねというたわいのない話題にも答えてくれる。
 送っておいてなんだけれど、あぁちょっとばかばかしい、場つなぎ的な言葉を投げかけたなと思うことは多々ある。
 でもふとしたことを共有しておきたいなと、その度ごとに思う自分がいる。

 先日の、土曜日の満月の日も同じような言葉を送信した。
「今日は月がきれいですよ!」
 だからなんなんだと思われるかなと心配しながらも、ごろりと寝転がりながら満月の中でもひときわ明るいスーパームーンと呼ばれる月を眺め、えいやーと送信ボタンを押した。
 彼にメッセージを送るときは、いつも喉元に意識を集中させて、次に胸元に焦点を合わせ、送ろうとしている言葉が素直に湧きあがってきた言葉なのか自問自答する。
 自問自答して、少しでも雑念が混じっていたら少し寝かせ、余計なものはないとジャッジできるまで置いておくことにしている。
 その日もその過程を経て、彼に向って言葉を発信した。

 追随して、言い訳じみた言葉を送りたいのをじっと我慢した。
 待つ間、やっぱり同じように月がきれいだよと投げかけた言葉に応答してくれた友人としばしやりとりをし、頭の片隅で今夜は返事はないかなと思っていた。
 でも、返答はその夜の間にやってきた。
「癒されますね」と書かれた言葉に、もうすっかりスーパームーンは雲の後ろに隠れてると思いながらも、今ではなくとも彼は今夜月を眺めたのかなと夜空へ思いを馳せた。

 6月以降、あることをきっかけに、すれ違ったきもちを軌道修正できずにうじうじと過ごした。
 仕事の忙しさが拍車をかけ、今自分が発する言葉は歪曲しているような気がして、なかなか連絡をとることができなかった。
 なんでも物事をシリアスに考えすぎたとか、甘えたいきもちは押しつけになるんじゃないかとか、きもちが寄り添っているように感じたのは思い込みだったんじゃないかとか、ぐるぐると思考を巡らせていた。
 答え合わせできないことに、恋ってそういうもんでしょうと思いつつも憤りを感じていた。

 でもなんとなく、月が変わって、誕生日を迎えて、新しい1年だと思えればきもちはまた自然と上向きになるんじゃないかと思っていた。
 そこまでは無理に殻から出なくても、もういいじゃないか、そう思っていた。

 今日、ゴハンを食べに行こうと誘ったら、予定がわかったら連絡しますと意外にあっさり返信があり、ひと月近く金縛りのようにがんじがらめになっていた自分の行動を振り返った。
 距離感を過信しすぎたくはないし、でも悲観しすぎて卑屈にもなりたくない。
 その間をコントロールしようとして、結局はコントロールしきれずに立ち止まっていたのだなと、今ならわかる。
 でも、余裕がないときはどうしようもない。
 無駄な時間だったと思う反面、じたばたする時間を軽くスルーしてやり過ごすことはできなかった。

 紆余曲折しながら、まだまだ片思いは続く。
 めげず、折れず、倒れず、不屈の精神をキープ。
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by fastfoward.koga | 2014-07-14 23:32 | 一日一言 | Comments(0)

会いたい

 毎週毎週、やっと木曜日、やっと金曜日と過ごしてきたのに、振り返ってみると6月はあっという間だった。
 まわりの人に見守られ、労われ、励まされ。
 それがわかっていたから、頼ることも甘えることも気が引けた。

 でもにっちもさっちもいかなくなって、1度だけすきな人に「がんばれって言ってくれる?」と連絡した。
 本当は電話しようかと思ったけれど、連絡しようと決めただけで堰き止めていたものが溢れはじめていたので、それはやめた。
 彼からもらった言葉は、あとから効いてきた。じわじわと。

 そのあと、しばらくコミュニケーションはとっていない。
 なんとなくまたすれ違ってしまったなあと思う。
 もうちょっとあせったほうがいいのかもしれないけれど、今はあまりにきもちも時間も余裕がなく、そこでアクションを起こすのは得策ではないという気がしている。

 何事にも多忙を言い訳にしてはならないし、毎日彼を思い出して、会いたいな、と思っている。
 でももう少し、もう少し。
 来月ひと山、いやある地点を超えたら、素直に会いたいと口に出せるような予感。
 それを信じてもうひとふんばり。
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by fastfoward.koga | 2014-06-28 21:34 | 一日一言 | Comments(0)