言霊の幸わう国

カテゴリ:往復書簡( 94 )

内から外へ溢れるもの

 先日、朝日新聞でおもしろい記事を見つけた。
 その記事は「紙上特別講義」とタイトルのついた、毎週月曜日にいろんな分野の大学教授が登場するコーナーに書かれていた。

 その日の内容は、「顔」について。
 事前に大阪樟蔭女子大学の村澤教授が宿題を出していて、それに対する読者の解答で記事は構成されていた。
 その問いとは。

「あなたにとって『人は見た目が(  )%』ですか。数字を埋めた上、『見た目』で判断できること、逆に分からないことについて500字程度で答えなさい。」

 70歳の女性は、70%。口紅をつけることで気分を一転させることができる。
 40歳の女性は、50%。人を見る目を養う人生経験が大事である。
 38歳の男性は、100%。見た目として表現されているものはその人の内面を表現しているから。
 それぞれが、そんなふうに答えていた。

 わたしは、昨日の話の続きではないけれど、見た目は大切だと思う。
 みだしなみという点でも、表情やしぐさ、姿勢といったものも含め、その人がもっているものは表に出ると思っている。
 だから、パーセンテージにすると、90%・・・いや、80%くらいだと考える。
 ほんとうは、もっと100%に近い数字だと思っている。
 でも40歳の女性が答えたように、それを見抜く力が自分になければ100%にはならないと思うのでちょっと控えめにしてみた。
 
 わたしは、自分まわりの家族や友人やすきな人はみんないい顔をしているなと思う。
 確かに贔屓目で見ていることろもあるだろう。
 でも、いいものを思っているからいい顔をしていて、いい顔をしているからいいものをもっているということは純粋に感じる。
 卵が先かニワトリが先かという話みたいだけれど、結局は、いい顔だし、いいものをもっているから、惹かれるのだ。

 みなさんは、人は見た目が何%だと思います?
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by fastfoward.koga | 2006-03-30 00:23 | 往復書簡

うさぎ似のわたし

 先日、ハハがこんな話をした。

 ともだち数人と電車に乗っていたら、ふらっときた同世代の女性に「奈良までは何分くらいかかりますか?」と聞かれた。
 ハハが適当な時間を答えると、その女性は「そうですか」と立ち去ったという。
 一緒に並んですわっていたともだちたちは、ハハに「あの人、知り合い?」と聞いた。
 ハハはまったく知らない人だと答えたそうだが、まわりの人も不思議がるくらい、その女性はハハだけ向かって質問したらしい。

 ハハはよく人に道を聞かれると言う。
 わたしも、そうだ。
 特に、おばちゃんやおばあちゃんによく尋ねられる気がする。

 わかることはもちろん、ちゃんと答える。
 ただ困るのは、旅先で道を聞かれたときだ。
 なぜか旅行をしている人というのはわかるものだと思うのだけれど、そうではないのだろうか。

 わたしはよく、ともだちのお姉ちゃんだとか近所の誰々に似ていると言われる。
 それくらい平凡な顔つきなんだろうと、自分では理解している。
 そんな平凡な、どこにでもいそうな人相が、人にものを尋ねさせてしまうのだろうか?

 ちなみに、わたしは動物にたとえるとうさぎらしい。
 昔、ともだちと一緒に入ったお店にピンク色の耳の長いうさぎのぬいぐるみがあったときに、似ていると連呼された。
 今日、職場の姿見に映った自分を見て、我ながらうさぎに似ているなと思った。
 どこがと聞かれると、困る。
 ちょっと猫背になった姿勢で映った自分が、振り返ったうさぎのように思えたのだ。
 あとは、わからない。う~ん、一体なんなんだろう?

 みなさんは、誰に、なにに似ていると言われます?
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by fastfoward.koga | 2006-03-23 00:22 | 往復書簡

永遠に世界から離れるときに持っていく八つ(2006年版)

 昨年2月に書いた、「永遠に世界から離れるときに持っていく八つ」
 ふと思いついて、今年もやってみた(詳しくは、前の記事を読んでみてね)。


1. いつ行っても新鮮味のある本屋
2. わたしの生きる速度と同じ速さで進む小説
3. 仕事道具一式
4. くるりのつくる音
5. あったかい誰かの左手
6. 資料館・博物館・科学館
7. 肌触りのいいおふとん
8. 誰かにかまいたいと思うきもち


 いつもより、ずいぶん早く会社を出た帰り道。
 夕陽がまぶしいなと思いながら、今日はこのことを書こうと考えていた。
 そのときに、ふと昨年自分が書いた言葉を思い出して、そのときたどり着けなかった答えが急にわかった。

「小説の中では、八つを四つにし、四つを二つにし、そして最後はひとつに・・・とお話しは進んでいく。
 同じように、八つ、四つと考えていくと、なぜか八つだと言われて選ぶものと、四つと言われて選ぶものは違っている(わたしは、四つなら仕事道具は持っていかない。それどころか、八つに入っていないものを持っていくだろう)。」


 なぜ数を減らすと、選びとるものが違ってしまうのか。
 それは、厳選するからだ。
 どうして、わたしはそんな簡単なことがわからなかったのか。
 自分でおかしくなった。

 今、八つを四つに、四つを二つに、二つをひとつにしていくとしたら。
 最後のひとつ、わたしが選ぶのはやっぱりすきな人。
 ものではないので、大変失礼だけれど。

 みなさんなら、八つ、なにを持っていきます?
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by fastfoward.koga | 2006-03-14 18:28 | 往復書簡

君の名は

 1週間くらい前に書いて、まだポストに投函していない手紙がある。
 封をして、宛名も書いて、切手も貼ってある。
 1週間も出さずにいるのは出かけるときに忘れてしまうのではなく、出すタイミングを計っていた。

 中に記したきもちに、変わりはないのだろうという確信はあった。
 でも、あせらずに確かめてから投函しようと、書いた翌日に考えた(・・・だったら、手紙をそれから書いたらいいのだけれど、それを止めることはできなかった)。

 いつもすぐ答えを出そうと急いでしまうのが、わたしの悪いくせなのだ。
 だから、わたしの名前「fastfoward」は、あせって空回りしてしまうことの多い自分に対する、半分おかしさと半分戒めの思いを込めてつけた。
 10代の終わりか、20代の初めごろから、わたしの頭の中にあった単語だ。

 ほんとうの名前は、両親が考えてつけてくれた。
 おそらく世界にひとつしかない名前だと思うので、ほんとうにありがたいと思っている。
 でも、この名前はわたしがわたしのためにつけた。
 自分が自分を表現できるように、不要な枠にがんじがらめにならず自分を解放することができるように。

 そのおかげか、あせりがぴょこっと出てくると、その思いの反対側でまたやって来たなと思えるようになった。
 そう思うと、わたしは自分の望みどおり、しかも身の丈にあった名前をつけることができたのだなんて自己満足に浸ったりする。

 みなさんの名前は、どんな思いが込められてます?
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by fastfoward.koga | 2006-03-12 21:44 | 往復書簡

大人の象徴

 今日は、珍しく本を読まずに通勤電車に揺られていた。
 昨日、本を読み終えていたのを忘れてうちを出てしまったのだ。
 仕方なくぼんやりと車内を眺めていたら、ホームで待ち合わせをしていた女の子ふたりが乗ってきた。

 楽しそうにキャッキャと話す様子を見ながら、聞くともなしにふたりの話を聞いていたら、こんな会話を始めた。

「髪、染めたん?」
「うん。」
「卒業式、終わってから?」
「うん。」

 ふと、思い返した。
 そういえば、わたしも3月1日が高校の卒業式だった。
 きっと彼女たちもそうだったのだろう。
 そのあとも、ふたりは誰も髪を染めただの、誰はどうしただの、そんな話を続けていた。

 わたしは高校の卒業式に、それほど思い出はない。
 クラブもしていなかったし、クラスでも浮いていたので、あっさりしたものだった。
 でも、卒業したらと思っていたことがあった。
 それは、ピアスをつけること。

 N嬢と高校を卒業したらピアスの穴を開けようねと約束していた。
 病院を調べたり、どんなピアスがいいか、楽しみにして話をしていた。
 だから、3月2日の午前中に待ち合わせて、ピアスを買って、それを握りしめて病院へ向かった。

 今思うと、あれが自分にとっての、初めての大人の象徴だったのかもしれない。
 痛みがともなった分、重みもあったし、誇らしさもあった。

 今はすっかり年齢だけは、いい大人になった。
 でも、それでも、なにかを新たに手にするとあのときと同じように痛みを感じる。
 あ~、ちょっと、初心に返った気分。
 あの痛み、すっかり忘れてたから。

 みなさんは、自分が大人になったなと思ったのはどんなときでした?
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by fastfoward.koga | 2006-03-04 00:20 | 往復書簡

師の教え

 先日、卒業した大学から封書が届いた。
 お世話になったゼミの教授が退任されることになったというお知らせだった。

 記念講演会や謝恩送別会には残念ながら出席できないため、欠席で返事をした。
 会いたいような会うのにためらいがあるような。
 ちょっと複雑なきもちになった。

 わたしたち学生はその教授のことを「先生」といつも呼んでいたのだけれど、先生の部屋に入るのはとても勇気がいるくらい、怖い存在だった。

 ゼミのときは席はくじ引きで決め、本を読んだり書き物をしている先生にはいつも目配せし合いながら声をかけた。
 超氷河期と呼ばれる中、就職活動をしているときに同じゼミの子は、圧迫面接よりも先生の方が怖いと言ったくらいだった。

 そんなふうにいろんなことを思い出している中で、先生の口癖がふと頭に浮かんだ。
 先生はわたしたちが実験の結果をまとめたり、本の要約をして発表したあとなどによくこう言った。
「なんでや。なんでそうなったんや。」

 思い込みや、固定概念で結果を求め、考察しようとするわたしたちにどこからその結果が出て、なぜそうなったのかを明確に示せ。
 そうくり返して、先生はその言葉をわたしたちに投げかけてきた。

 浅はかなわたしたちはそんな先生に堂々と答える言葉も持っておらず、よくコテンパにやられていた。
 でも気づくと先生にお世話になった2年間で、おもしろいくらいみんながその口癖を自然に口にするようになっていた。

 今でも、わたしは会社で下の子たちに言っている。
「なんでそう思ったん? なんでそうなると思う?」と。
 これを何度か言うと、また~と嫌がられるのだけれど、だんだんそれを考える大切さは伝わっているはず。
 決してよい生徒ではなかったけれど、そこだけはこれからも先生の意志を引き継いでいこうと思う。

 みなさんの恩師は、どんな人です? 
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by fastfoward.koga | 2006-02-25 00:06 | 往復書簡

ホームタウン

 京都はほんまにいいとこやなと、最近思う。
 それはなんかようわからんけど、年齢を重ねれば重ねるほどしみじみ思うようになった。

 大学を受験するときに、わたしは京都以外の大学に行きたいと強く強く思った。
 京都にはたくさん大学がある。京大みたいに頭のいいとこから、わたしの頭でも入れるとこまで。
 でも、大学で京都から出えへんと一生京都から出られへんような気がして、結局は片道2時間かけて神戸の大学まで4年間通った。

 今思うと、そんなことしんでもよかった。
 でもそう思えるのは、出たからこそなのかもしれへんとも思う。

 京都のいいとこはどんなとこ? と聞かれたら、いつも一瞬言葉につまる。
 わたしが気に入っているとこは、ごくごく些細で私的な景色や場所やから人に薦められるようなとこやない。
 東西南北に走る通りとか、山がすぐそばに見えるとか、そういうなんでもないことがいいなと思う。

 例えば。
 車で走るなら、東大路通は断然北向き。
 川端通は北向きやと左京に入ったあたりから山が間近に見えるとわくわくするし、南向きにの景色はだいたい四条や祇園あたりで飲んで帰るときにタクシーの中から見ることが多いから、後部座席からの景色が目に馴染んでる。
 堀川通は上京のあたりを南向きで、信号をすいすいくぐり抜けて走るのがきもちいい。
 反対に、五条通と西大路通は苦手。ごちゃごちゃしてて、どうも走りにくい。

 歩いてなら、寺町通りのちょっとさびれ加減がいい。
 この間書いた(「フルボリューム」)四条から京都駅までの烏丸通も、たまに歩くと新鮮な感じがする。
 あとは、四条通を東へ向いて歩いて、途中横断歩道を渡りながら八坂さんを遠くに眺めると、あぁ京都やなあといつも思う。

 それから。
 旅行や出張で京都を離れると、いつも帰ってきたときに山を見て安心する。
 特に東のほうから帰ってくると、比叡山がまず見えるので「叡山が恋しいわぁ」というチチが教えてくれたセリフを思い出す。

 歴史があるとか、人気があるとか、そういうことやなくて、ただ自分が生まれ育ったというだけでその町は愛しい。
 今は京都がもっとすきになるんやったら、京都を離れてもいいなと思ったりもする。
 ここはいつでも帰ってこられるところやから、安心して離れられるしな。

 みなさんのホームタウンは、どんなとこでしょ? ね。
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by fastfoward.koga | 2006-02-03 00:27 | 往復書簡

雨上がり

 今朝は、目が覚めてすぐに雨の音に気づいた。
 昨日で雨はやむものだと思っていたので、ベッドの中で空耳かと耳を疑った。
 でも、屋根や窓に打ちつける音は間違いなく雨だった。

 おとついも、昨日も、雨は降ったものの、傘をさすことがなかったので、今日の雨はまちがいなく雨だとその重みを胸に受け止めた。
 車に乗りながら、激しく動くワイパーの向こう、一心不乱に降る雨にふとおかしさがこみあげた。
 雨が、ここぞとばかりに降っているような気がしたのだ。

 ヨガのスタジオに入るまでは、地面には大粒の雨が落ちていた。
 でもヨガを終えて出てきたら、傘をささずに行き交う人がいるくらいにまでになっていた。
 うちに向かって車を走らせていると、ぱたっと雨がやんだ。
 それは、ワイパーを1回動かすほんの少しの間だった。

 以前、雨が降りだす瞬間のことを書いたことがあったけれど(「ドライブの途中で」)、今日はその逆。
 雨がやむ瞬間に出会った。

 フロントガラスをとおして見る空も、建物も、車も、どこかさっぱりしたように見えた。
 大泣きしたあと、泣いて空っぽになった自分がおかしくて笑ったように、雲の切れ間から太陽が覗いていた。
 昼間の雨をめいいっぱい降らせたあなたはなんだったの? と思わず問いかけたくなるくらい、まぶしいオレンジ色の光が射した。

 みなさんの町の雨上がりの景色は、どんなものでした?
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by fastfoward.koga | 2006-02-01 19:03 | 往復書簡

かすかなスリル

 夜、車や原付に乗ると、自由だなといつも思う。
 そのままどこまでも行けるような気に、なるのだ。

 空いた暗い道を、走り抜けてゆく。
 街灯の下をするすると。
 光の帯を横目にすいすいと。
 アクセルをふかすと、すーっと闇にとけてゆくような感じ。

 わたしは、決められた枠の中で生きてゆく人間だ。
 特に厳格な家庭で育ったわけではないけれど、人よりも少し規律や順序を重んじる。
 気づいたらはまっていた、その枠を窮屈に思うこともある。
 でも、ほとんどはその中でどれくらい工夫して、じたばたして生きやすくすることができるかを結構楽しんで考えている。
 それが、わたしの生きてゆくためのテーマなのだ。

 人生で、なにからなにまですべてが自由だなんてことはあり得ない。
 制限やしがらみとうまくつきあっていこうとすることで、人はいろんなことを感じたり、思ったり、考えたりするのではないのか?

 そんな、どこまでもスクエアな自分が緩むのが、そのときなのだと思う。
 開放される瞬間。
 それは、わたしにとってはかすかなスリルに値する。

 みなさんは、どんなときにスリルを感じます?
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by fastfoward.koga | 2006-01-18 23:50 | 往復書簡

初夢

 1日の夜に見る夢が、初夢。
 今年はどんなものかと思いながら、眠りについた。
 だから、目覚めてすぐに、起き上がったままの格好でじっと見た夢を回想した。
 それを忘れないようにして、お雑煮を食べ終えたら、すぐに夢診断をした。

 結果は、いい夢だったようだ。
 しかも、仕事運。
 今までの努力が実り、仕事がうまくいくということ。

 仕事運・・・。
 もちろんいいにこしたことはないけれど、仕事運か~。
 というのが、正直なきもち。
 こういうところで、恋愛運がいいと出ないのがやっぱりわたしだなと自分で思う。
 
 元旦に、N嬢とY嬢に「××(わたしの名前)は、仕事が軸やんな」と言われたばかり。
 そうそう。
 わたしの生活や考えは、まず仕事ありき。
 これはもうどうやったって、変えられないのだ。

 さ、腹をくくって、明日の初出勤に備えよう。
 年末やり残した仕事がたくさんある。
 憂鬱なきもちをここに残して、明日からはわたしらしくガシガシ仕事をしよう。
 あの夢は、そんなわたしの背中を押してくれるものだったはず。

 さて、みなさんはどんな初夢を見ました?
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by fastfoward.koga | 2006-01-03 19:55 | 往復書簡