言霊の幸わう国

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デトックス

 ここ数日、毒を吐いてばかりいる。

 体の内側からせり上がってくる塊みたいな強い思いが口から出るのを、止められない。
 たぶんそういうときのわたしは、きっと般若か鬼の形相なんだろうなと自分で思う。
 まわりの人が毒を吐くわたしを見て、一瞬ギョッとした顔をするし、あまりの語気の強さにあわててたしなめられるのだ。
 
 それでも。
 自分自身ではなにかに衝き動かされてすることだし、そんなこともそうそうあることではないので、そういう自分も出しておこうと思っている。
 それを溜めてしまうと、調子が悪くなるからだ。
 汚いものだから外に出すのは、なんてためらっていると、毒はどんどん体を侵食していく。
 他人のそういうものを見たくない人もいるだろう。
 でも人には必ず毒を吐き出す瞬間はあるはず。

 体の中で生まれてしまった毒は、吐き出すしかない。
 だったらせめてそれを許してくれる人にだけ吐き出して、そのあとは笑い飛ばす。
 それで、解毒完了。
 そうすれば、毒を吐いたことなんて忘れて、ちょっとリニューアルした自分で次に向かっていけるのだ。
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by fastfoward.koga | 2005-08-30 20:54 | 一日一言

タイマーセット

 今朝はびっくりするくらい気温が下がった。
 まだ人もまばらな町を原付で走ると、鳥肌が立ったくらいだ。
 目覚めてカーテンを開けても、光はぼんやりとしか差し込んでこなかった。
 曇り空だから? と首をかしげたけれど、雲はまばらに浮かぶだけ。

 子供じゃないし、もう夏休みが40日間もあるわけじゃないのに、いまだに8月31日は夏が終わると思っている。
 大人になっているのに、ああもう終わるんだと思ってしまう。

 今日ぐらいの日付になると、いつの間にかタイマーが入る。
 どこかで、キッチンタイマーみたいなジジジジジ・・・という音がするのだ。
 それが9月になるとチ~ンと鳴って、夏が終わる。

 夏の終わりはそういうイメージ。

 9月どんなに暑くても、きもちはちゃんと入れ替わる。
 もう秋なのだと、納得できるのだ。
 12月から1月もきっちり時間を越えていく感覚を感じるけれど、こんなにはっきりと季節の変わり目を感じるのは、この1日だけ。

 夏も残すところあと2日。
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by fastfoward.koga | 2005-08-29 22:06 | 一日一言

見られなかった花火

 今年は花火を見られなかったな、とここ数日間思っていたら、Y嬢から花火の写真が送られてきた。
c0047602_22212560.jpg

 いいな~、花火見たかったなあ。
 残念だけど、今年の花火大会はどこも終わってしまったので来年の楽しみにしよう。
 なにかやり残したものがあるほうが、次の季節、次の夏が楽しめるはずだから。

 あ~、でもほんと残念。
 大輪の花火、見たかったな。
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by fastfoward.koga | 2005-08-28 22:27 | 一日一言

遠足の前日

 仕事でも、プライベートでも、わたしは効率化や段取りのよさを求めてしまう。
 スムーズに事が運べることが、すきなのだ。

 たとえば、どこかへ旅をするとなるとそのこだわりは最高潮を極める(貧乏旅行をしようと考えているとなおさらだ)。
 インターネットやガイドブックを駆使して、いかに無駄なくもれなく旅を楽しめるかを必死になって考える。

 わたしにとって旅の計画を立てることは、旅をしている肯定と同じくらい楽しいのだ。
 ときには計画を立てるのに力を使い果たし、当日少々ぐったりなんてこともなきにしもあらず。
 悪い癖だとは思うものの、残念ながらこれはなかなか直るものではない。

 もうちょっと、前日までに感じるわくわくをうまく抑えたい。
 でもそれを抑えようとすると、きもちの抑揚がゼロになってしまう。
 わたしは極端にところがあってなので、ちょっとだけきもちを抑えるということができないのだ。
 我ながら、扱いにくい性格でまいってしまう。

 大人になっても、遠足の前日のわくわくで困ることになるとは思ってもいなかった。
 子供のころのほうが、かえってうまくきもちを表現してコントロールできていたかもしれない。
 あ~、やんなっちゃう。
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by fastfoward.koga | 2005-08-27 12:33 | 一日一言

 今日は、昼からの出勤だった。
 そういう日は、いつも電車でブログになにを書こうかと考えながら帰ってくる。
 今日も読んでいた本から目を上げて同じように考えていたけれど、キーワードになる言葉はいくつも頭に浮かんだものの、書き出しても形にならないような気がしてしまった。
 うちに帰ってきてパソコンに向かっても、やっぱり言葉はうまく出ず、結局パソコンの電源を落とした。

 なんとなく今日は、ぼーっとしている。
 仕事はちゃんとしたけれど、帰りの電車で早々に電源オフのスイッチが入ってしまったかのようだ。
 パソコンの電源を落としたあともなかなか体が動かず、しばらくベッドの上で天井あたりを見てぼんやりしていた。
 なにを考えるわけでもない。
 ただ一点を見つめて、時間を過ごしただけ。

 顔を洗いながら、さっきと同じようにぼんやり鏡に映る自分の顔を見ていたら、自分はぬけがらみたいだなと思った。
 わたしはこんな顔をしてたんだ~、なんてしょうもないことも思った。
 ただ淡々と顔を洗っていたら、ふと今の自分は無の状態に近いなと気がついた。

 音楽も聴かず、テレビもつけず、パソコンの電源も落として、部屋の中でぼんやりする。
 頭の中にも特に考え事のテーマがあるわけではない。 
 ただ、そこにいるだけ。
 物のような自分。

 それをふと、自分の目線とは違うところから見ているような気になったとき、言葉がすらすら出てきた(ので、書いている)。

 無、になれるということは、いつものリセットボタンを押すのとは少し違うけど、また新しい明日をきもちよく迎えられるような気がする。
 なにかがなくなった分、明日はまたなにか手にすることができるはず。
 さあ、またパソコンの電源をオフにして、無に戻るとするか。
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by fastfoward.koga | 2005-08-26 00:55 | 一日一言

ビシッときめて

 ヨガに初めて行くとき、なにを着てやればいいのかちょっと悩んだ。
 数回通った結果、やっぱりヨガ用のウエアを着るほうがいいだろうと思い、思い立ってすぐにナイキショップへ出かけた。
 同じように、出張に行くときはいつもギリギリになってから、自分のモチベーションを高めるためにあわててスーツを買いに走ることが多い。

 わたしは、結構形から入るタイプだ。
 特に身に着けるものがそうで、自分の「できる」イメージにうまくはまるとスイスイ進められそうな気がするので、こだわってしまう。

 そんなことをしていると、始める前から費用がかなりかさむのは事実(だから、新しいものになかなか手が出せないのだ・・・)。
 でも、やろうとしていることが形になって目の前にあるあのわくわく!
 ひとり鏡の前で、すごいできる人みたいや~ん、とパチパチ手を叩くあの楽しさ!
 それはもう、やめられない。

 みなさんは、形から入る派? それとも、まずはやってみよう!派?
 どっちにしても、新しいことにチャレンジするわくわくはたまらないね。
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by fastfoward.koga | 2005-08-24 21:47 | 往復書簡

背中を押してくれる?

 なにかに、ふと身を委ねたくなることがある。
 それはたとえば占いだったり、日々のささやかな賭けごとだったりする。
 ライフログにもある「The Book of Answers」もしかり。

 先日、悩んでも仕方ない先のことに囚われて、溺れる寸前だったときに「The Book of Answers」を手に取った。

 まずひざの上に本を乗せて。
 迷っていることを質問形にして。
 表紙に手を置いて、少しの間その質問に意識を集中させて。
 質問を心の中でくり返しながら、指でページをなぞって。
 ピンとくるものを感じたページで手を止めて、ページを広げてみると。
 そこに答えがある。

 そうやってめくったページから出てきた言葉は・・・。
  「私が思うに、もっとなにかがある」

 初めは、わたしが今悩んでいること以外に「もっといいものが他にある」という意味なのかと思った。
 でも、その言葉の捉え方にしっくりこなかった。
 そのままじっと考えていると、ふと「わたしが今思っている以上に、そのことにもっとなにかがある、期待が持てる」という意味にとれるなと思い直した。

 言葉なんて、そんなものだ。
 悪く思うとすればどんどん悪く聞こえるし、いいと思うとすればどんどんよくなる。
 結局は、受け手の自分の解釈しだいなのだ。

 以前、カウンセラーの養成講座を受けていたときに先生が言っていた。
「カウンセリングに正解はない。受け取る人がそれだ、と思えばそれが答えだから」と。

 そのとき、わたしが求めていたのはきっとそういうこと。
 ちょっと前に進むきっかけがほしかっただけ。
 見えない未来に不安を抱くなんて、非生産的だからほんとうはいやなのだ。
 でも不意にすっぽりと穴にはまってしまったとき、こんなふうにそっと背中を押してくれるものがまわりにたくさんあればいい。
 すきな人も、ともだちも、家族も、ブログも、本も、自分の過去も、みんな大切なきっかけをくれる。
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by fastfoward.koga | 2005-08-23 21:32 | 一日一言

傷だらけ

 最近、気づくとやたら脚や腕にアザができる。
 それを見ると、思い出す言葉がある。
 ずーっと前のドラマ。「29歳のクリスマス」の主人公典子のあるシーンでのセリフだ。

「私は、自分の力で生きてきたの。自分の足で歩いてきたの。あっちへぶつかりこっちへぶつかりしながら、傷を一杯作って生きてきたの。」

 いつも、挫けても負けない人になりたいと思っている。
 へこたれても、また立ち上がればいいかな、と。

 いろんな傷がある。
 すっかり癒えたものも、癒えたと思っていたのにそうではなかったもの、まだ真新しいもの、・・・などなど。
 でもどれも、わたしの傷だ。
 なかったことにしようとしても、できない。


 職場で、最近アザが多いねんと話すと、言われた。
「飲みに行って、どっかぶつけたんですか?」

 ・・・ええ、そうです。
 それもあります。間違いありません。
 所詮、わたしの傷はそんなものか。
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by fastfoward.koga | 2005-08-22 21:43 | 一日一言

わたしがちゃんとわたしであること

 今、「さおだけ屋はなぜ潰れないのか?」を読んでいる。
 これは、すごくおもしろい!
 内容はさることながら、わたしは著者山田真哉の文章が気に入った。

 彼は、とてもわかりやすい文章を書く。
 会計学をいかにわかりやすく伝えるかということを前提に書いているからもちろんわかりやすくなければ意味がないのだけれど、その次元を越えているのだ。
 新書というくくりは淡々と書かれるか、一方通行で書かれるものが多いと今まで感じていた中で、久々のヒットだ。ちょっと感動すら覚える。

 そんな彼が書くものに興味をもって、帯に載っていた彼の顔を見たとき、なんとなく納得する自分がいた。
 ああ、こんな顔の人ならこんな文章が書けるかも、と。

 同じようなことを、わたしは声について置き換えてみたりする。
 たとえば。
 今、ケツメイシをずっと聞いているのだけれど、どの部分を誰が歌っているのかが聞き始めたばかりのわたしはよくわからない。
 でもひとりすごくすきな声の人がいて、ジャケット写真を見ながらきっとこの人だろうと思っている。
 声は骨格で決まる部分が多いと聞いたことがあるので、どんな顔の人がどんな声なのかを想像するのだ。

 そんな想像に頭をめぐらせる中、ふと、自分はどうだろうと思う。
 わたしの声や文章は、わたしをちゃんと表現できているのだろうか、と。

 すごくすごく昔は、自分の見た目と着たい洋服とキャラクターのギャップにかなり悩んだ。
 最近は以前ほど頭を抱えることはなくなったけれど、いまだに不安になることがある。

 すべてが一致しているなんて、意外性がなくてつまらないと思うこともある。
 でも、わたしは自分の核になるものがぶれないようにしたい。
 ひとつまっすぐ筋のとおったもの、わたしがちゃんとわたしであるのかどうかをしっかり持っていたいのだ。
 要は、わかりやすい人間でいたいということ。
 そのわりには文章がまわりくどいな・・・。
 あ、それがわたしということか(笑)。
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by fastfoward.koga | 2005-08-22 00:37 | 一日一言

おすすめします その5

 今日は高校野球の決勝戦。
 京都府民としては、京都外大西高に勝たせてやりたかった・・・と悔しさが残る結果となった。
 けれど、2連覇というすばらしい成績を残した駒大苫小牧高にも拍手を送りたい。

 駒大苫小牧高ナインは、昨年初めて北海道に真紅の大優勝旗を運んだ。
 そんな彼らが甲子園から自分たちの住む北海道へ帰る飛行機の中、全日空の客室乗務員の女性は優勝を称えるこんな機内アナウンスをしたそうだ。

「飛行機は津軽海峡の上空を通過しています。真紅の大優勝旗も皆さまとともに津軽海峡を越え、まもなく北海道の空域へと入ります」

 このアナウンスをしようと決めたいきさつや、それを聞き静かに受け止めた駒大苫小牧高ナインと同乗していた乗客からの拍手。
 そんなほほえましい出来事を北海道新聞が記事にしていた。

 わたしはそれを昨年、どこかで目か耳にしていた。
 読んでじーんとしたのだけれど、1年たって忘れていたそのきもちを、ある1冊の本が思い出させてくれた。


 (社)日本新聞協会+HAPPY NEWS実行委員会著 「HAPPY NEWS」


 これ以外にも、タイトルどおり読んだら幸せなきもちにしてくれるような記事と事実それを読んで幸せなきもちになった読者のコメントが載せられている。
 たくさんある記事の中で、わたしは沖縄最南端の有人島でおこった盗難事件の犯人がカラスだった、という記事と小春日和にひなたぼっこをするサルの姿を写真とともに紹介した記事がすきだ。
 他にも思わず笑みをこぼしてしまうようなもの、涙を誘われるようなものもある。

 毎日、世界中に起こる現実を伝える新聞。
 多くは、悲しく憤りを感じる記事だ。
 でも、そのすきまに、こんなきもちを暖かくさせてくれる記事もある。
 普段新聞を読む人も読まない人も、楽しめるはず。
 本屋で見つけたら、ぜひ立ち読みでもいいのでお試しあれ。
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by fastfoward.koga | 2005-08-21 00:14 | 本の虫