言霊の幸わう国

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大人の余裕

 今日、15年ぶりに教習所へ行った。
 毎日通う駅までの途中にある、教習所。
 そこにまた通うことにした。
 小型二輪の免許をとるのだ。

 新しいことを始めるのは、ブログとヨガ以来かと考えた。
 でも感覚的には、実際よりももっともっと期間が空いている気がする。
 申し込みをすませて建物を出たあと、まだ痛いくらいの陽射しの下、わくわくするきもちが湧いて出てきた。

 帰り際に渡された教習所のロゴの入ったビニールケース。
 今、そのビニール独特のにおいが部屋中に充満している。
 これが新しいことのにおいなのだと、思った。

 どうしても必要なものでもない。
 でも、やってみることにした。
 そういう余裕やゆとりが、大人やーん、なんて。

 教習所の待合室にあふれた数10人の大学生らしき面々を見て、つまらない優越感。
 でも楽しいきもちになった。
 はっはっは。
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by fastfoward.koga | 2006-08-31 22:49 | 一日一言 | Comments(10)

サーキュレイション

 最近、堂々めぐりな話にひゅっと心がひっかかる。
 昨日の「わけもなく」につづき、今日もひとつご紹介。

 先日、中の島の国立国際美術館でいくつかの作品を見て強烈に惹かれた伊藤存。
 彼の「刺繍美術家・伊藤存の作品集的刺繍入門書」に書かれていた「ベアー イン ア・サーテイン プレイス」というタイトルがついた熊についての文章。

「事実、人は山奥で熊のにおいを嗅ぐと、どんなに音痴であっても大声で歌いだすし、新鮮な足跡を見つけると、笛と鈴を同時に鳴らすしで、尋常ではない。その姿よりも、わずかな痕跡において熊は異様な影響力を持っている。スイス人はその国に住む熊を恐ろしさの余り絶滅させたという。しかし、こうなると、もはや人のほうが恐ろしい。このように、熊はその影響力により、時に自らの運命にも影響を与えてしまうことがある。」

 二者択一人生を送ってきたわたしには、どこまでもめぐりつづけることが今おもしろくて仕方ない。
 今まで、終わることとそのあとつづく始まりにただひたすら思いを注いできた。
 でもほんとうは、始まりとその終わりとそれにつづく始まりと終わりとそれにまたつづく始まりと・・・、というサイクルがあるべき流れなんじゃないかと思った。
 ふと、今さらながら。

 そうなると実のところ、始まりはあったとしても、生きているうちは終わりはないのかもしれない。
 さらにそうだとすると、「わけ」も「なに」もなくても進むしかない。
 ただ流れに沿って。

 なんて、ばかばかしいことを考えてしまった。
 うん、でもこのばかばかしい堂々めぐりがいいのだ。
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by fastfoward.koga | 2006-08-30 22:48 | 一日一言 | Comments(2)

わけも、なにも、ない

 世の中には、おもしろいことを考え、書く人がたくさんいる。
 本を広げて、何度笑いがもれたことか。

 昨日買った雑誌「papyrus」
 そこに載っていた、吉田篤弘の「ブランケット・ブルームの星型乗車券」がとっつきにくさとはうらはらに読み始めるとおもしろかった。
 書かれていたのは「わけもなく」について。

「初めてこのフレーズを発明したヒトは、おそらく言葉通りの意味あいで使ったのでしょうが、多くの人たちに繰り返し使われるうちに、『わけもなく』は立派な『わけ』のひとつとして確立されてしまいました。
『これこれ、こうで』と、まことしやかな理由をくだくだ並べられるより、『わけもなく』の潔さが何よりも強く、今や『わけもなく』は数ある『わけ』の中で、ダントツ一位の説得力を持つようになりました。」


 読んだあと、自分がこの「わけもなく」を乱用していないかと考えてしまった。
 わけがないことが、悪いということではない。
 でも「わけもなく」という言葉が逃げ道のような気もした。

 ある日、ある人と気になることの話をしていたときに、それが気になる理由を聞かれた。
 なんでやろ~、とわたしは答えた。
 すると、そんなこと考えなくてもいいんだよ、と言われた。
 そのとき、密かに泣いた。相手にわからないように、泣いていた。

 わけばかり考えてきた。
 わけが自分の価値だった。
 でも、それも疲れたし、飽きたな。ちょっと違うやり方を選択してみたい。

 わけがないのではなく、そこになにもなかったら。
 やっぱり人は前には進めないもんだろうか。
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by fastfoward.koga | 2006-08-29 21:59 | 一日一言 | Comments(8)

トランポリン

 5連休4日目。
 大人は、そろそろ休みの終わりを意識する。
 保険かけすぎやな。
 終わりの寂しさを紛らわそうというきもちが、夕方くらいからむくむくしはじめた。
 いかん、いかん。

 夕飯を食べてからどうも動きが足りないような気がして、駅におきっぱなしにしているバイクをとりに行くために外へ出た。
 駅まで徒歩で約30分。
 流れる車のテイルランプを見ながら、人のきもちって流れるように変わるもんなんだなということを考えていた。

 1週間、考えていることがあっちへふらふらこっちへふらふらしている。
 数ヶ月前はそれがいやでいやで仕方なかったのに、なぜか今はそんなふらふらした自分が楽しい。

 こどものころに遊んだ、遊園地にあったカラフルな怪獣のトランポリンの中にいる感じ。
 初めはやっぱり真ん中で飛び跳ねる。
 しばらくするとそれに飽きて、はしっこの壁に触ってみたくなる。
 飛び跳ねながら右に寄って、右手でタッチ。
 また真ん中にもどって飽きると左に寄って、左手でタッチ。

 もうしばらく、そうやって飛び跳ねていたいと思う。
 許されるなら、まわりのことを気にせずに目をつぶって、さらにあっちへふらふらこっちへふらふら。
 そして、触れた手がつかんだ壁にあるものを答えにする。
 
 トランポリンの中で、どんな跳ね方をしてまたなにを考えるかはわからない。
 でも、交差点を渡りながら思った。

 寂しいと思うことは確かにつらいし、しんどい。
 わたしは、人のもつ感情の中でたぶん1番寂しさと付き合うことが下手だし苦手だ。
 だからできたら寂しさを断ち切って、次へ進んで、2度と感じなくてすむようにしたい。
 けれどそれ以上に、自分以外のなにかを憎んだり責めたりしたくないなと。

 それができるなら、ちょっとぐらいの無理とばかはやってみよう。
 もっともっと跳ねつづけたら、ほどよくどっちもできそうな気がする。 
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by fastfoward.koga | 2006-08-28 22:46 | 一日一言 | Comments(6)

休みの過ごし方

 ここ数ヶ月で、飛躍的に本を読むペースが速くなっている。
 本屋に行くと2、3冊まとめて購入し、それを4、5日で読む。
 本屋に行く回数ももしかしたら、増えているのかもしれない。
 いや、増えてるな。

 通勤時間が長くなったからかなと思ったけれど、本を広げて車窓の景色に見とれたり、ぼーっと考え事をしたり、寝たりしているからそれが理由ではなさそうだ。
 まあ、本屋に行っても読みたい本がないと困ることもないからいいかと思っていた。

 実は(と大げさに言うほどでもないが)、ただいま5連休の3日目。
 休み前の木曜日に本屋に寄って、ハードカバー1冊と文庫2冊、計3冊の本を手にして帰って来た。
 そのまま夜、新しい文庫本を1冊読み始めた。金曜、出かけるときにも持って行き、電車の中、喫茶店、映画の上映前に読んでいた。
 読みかけていた本は、金曜の夜眠れなくてふとんの中で読み終えたのだけれど、まだ眠れそうになかったから、続けてハードカバーに手をつけた。

 今日は、昼寝をはさんで文庫本を読みきり、ハードカバーもおもしろくてさくさくとページをめくった。

 休みの日。
 最近はあまりひとりで出かけないようにしている。
 ひとりでは、寂しいのだ。
 だから、期間が決められているところ以外は誰か相手を見つけるようにしている。
 そのせいで、うちにいる時間が長くなっているのかもしれない。

 うちにいるのはすき。
 でもすることは限られるし、気が乗らなくてするべきこともほったらかしにすることもある。
 そうなると、実際にすることはそう多くはない。
 で、結局は本を読んでいる。

 読みかけの本があると、あ、あれを読み終えようとふと思う。
 別に、読むことだけに目的を持っているわけではない。
 そこに書かれていること。それに心を動かされるたいと思っているのだ。
 待っているのは劇的なクライマックスではなく、ぽつりと浮き出るささいな言葉。

 そういう意味では、今は1番本を楽しんで読んでいるのかもしれない。

 みなさんは、お休みはなにをしてます?
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by fastfoward.koga | 2006-08-27 22:32 | 往復書簡 | Comments(4)

嫌いな顔

 昨日は炎天下の中、1日中外にいた。
 日よけもないところにずっと。

 予想はしていたし、予防もしていたけれど、日焼けしてしまった。
 たいていは次の日に夕方くらいには落ち着くものだけれど、今日はまだ鼻の頭にヒリヒリ感が残る。

 首から胸元にかけてや、腕も焼けた。
 左手首にはうっすら時計の跡がついた。

 夏の終わりに、名残惜しさの印か。
 腕なんかは誰も気づかないくらいの日焼けだけれど、消えるころには夏も終わりだと自分の中でラインを引く。

 何度鏡を見ても、日焼けした顔。
 泣いているときの顔くらい、日焼けした自分の顔は嫌いなのだ。
 こんなに日焼けするのは何年ぶりかくらいだけれど、相変わらず自分じゃないみたい。
 それが嫌いな理由。
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by fastfoward.koga | 2006-08-27 18:26 | 一日一言 | Comments(0)

101の選択肢

 ひとりで「ナイロビの蜂」を見に行った。
 途中から少し前傾姿勢になってスクリーンを見つめた。
 ストーリーがテンポよく動き出したころ、ふと思いついた。

 手にあったものをなくしてしまうのと、あったものを無駄だったと思うのではどちらが悲しいのだろうと。

 そんな疑問が思い浮かんだあと、しばらくしてふっと笑った。

 いつもわたしの考えには二択しかない。
 0か100か。
 最近、そんなことを言ったばかりだった。

 映画を見る前から、飲みに行きたいなとともだちの顔を思い出していた。
 前もこの映画館に来たときにそう思った。
 不思議。
 場内が暗くなる前にメールしようかと思ったけれど、映画の内容次第で気が変わるかもしれないと携帯をカバンにしまった。
 
 映画の途中、やっぱりともだちのことを思い出して飲みに誘うかどうかを頭のはしっこで考えた。
 そこでも二択。
 そのあと、また笑った。
 断られるという選択肢もあるなと。

 映画が終わってエンディングロールが流れて、ロビーに出てからすぐにやっぱりメールをした。
 断られるという選択肢をすわって待っていたら、電話がかかってきた。
 今どこにいてなにをしていたのか聞かれたからやっぱり断られるのかと思ったら、いいよと言われた。
 ありがとうと電話を切って、地下鉄の駅に向かった。

 わたしの見える世界はまだまだ狭い。
 メールの返事を待っているとき、そう思った。
 0か100か。
 ほんとうはその幅なら、選択肢は101あるはずなのだ。
 でもわたしの頭の中にはふたつしか載せられない天秤があるだけ。

 欲が多すぎるから、天秤に載せるためにいつも意識的に二択まで絞り込むことがくせになっていた。
 しばらく天秤にはお休みしてもらうことにしよう。
 ここのところちょっと切り詰めすぎたのだ。それくらい許されるだろう。
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by fastfoward.koga | 2006-08-26 00:32 | 一日一言 | Comments(6)

スクロール

 ここ1ヶ月ほど、占いばかり見ていた。
 見すぎて、おかしくなった。
 さすがにあちこち見るといいことも悪いことも書かれていて、どれも自分のことではないと昨日思った。
 雑誌の占いのページを広げたとたん、胸がむかむかした。

 たくさんの本を、10何年もかけて読んできた。
 そこには、いろんなことが書かれていた。

 決してあきらめるな、という言葉。
 あきらめることも時には必要だ、という言葉。
 今しかない、という言葉。
 ほんとうにそれでいいのか、という言葉。

 たくさんの言葉をガシガシ噛みしめてきたわたしは、いったい今までどうやってその違いを解釈してきたのだろうかとふと立ち止まった。

 どんなことにも表と裏がある。
 それは光と影が存在するという意味ではなく、背中合わせになった相反するものが近しいところに存在するという意味だ。
 わたしはそれをちゃんと歳を重ねる間に、学習してきた。
 なのに、ぐらぐらしたとき、記憶喪失のように今までわかっていたことが突然わからなくなってしまう。

 きっと、答えがほしかったのではなかったのだ。
 わたしはただ、誰かに「大丈夫、幸せになれるよ」と言ってほしかっただけなのだ。

 でも今日急に、20秒ごとにスクロールする画面を見ながら、求めるばかりの自分の中が空っぽだということに気づいた。
 余裕という空きではなく、虚しさの空き。
 そんな胸の隙間を埋められるものはないよ、と自分で自分に突っ込んだ。

 わたしはちゃんといろんなことを積み重ねてきた。
 泣いたり、笑ったり、怒ったり、悲しんだり。
 そんなふうにやってきたのだ。
 今は目が曇っているから自分を取りまくものがゴミにしか見えないけれど、じっとしていればその中に次の扉を開けるカギがあるような気がする。

 もうだだっこみたいに、外にばかり求めるのはやめよう。
 しばらくは静かに胸の中に湧き上がるなにかを待とうと思う。
 このところ、毎日決意ばっかりしてるけど。
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by fastfoward.koga | 2006-08-24 21:21 | 一日一言 | Comments(10)

8月23日生まれのN嬢へ

 初めてのひとり旅はいかがでしたか。
 この1年も、そんなふうに自分の足で歩いて、自分の五感で感じたことを積み重ねていってほしいなと思います。

 お誕生日、おめでとう。
 今年もよい1年を。
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by fastfoward.koga | 2006-08-23 20:07 | ラブレター | Comments(2)

360度

 昼からぼーっと仕事をしながら、思った。
 わたしは今、たぶん今まで生きてきた中で1番ヘビーなところにいるのかもしれないなと。
 資料を広げて、文字を読み進めてはもの思いに耽り、またいかんいかんと文字を読んではもの思いに耽りをくり返した。
 そんな中で、ふと湧き出た思い。

 やさしくなりたい。
 そう思った。

 誰かに対してではなく、そう思った。
 特定の誰かや、不特定多数の誰かはそこにはいない。
 ただ、やさしくなりたいと思った。

 そのやさしさは、毛布で包み込むようなどっしりとした暖かさのあるものではない。
 もっと薄くてふんわりしていて、肌に触れるかふれないかくらいのところにある、少し薄いピンク色のベールのようなやさしさ。

 誰のためではなく、自分のためにそんなふうになりたい。

 ガタがはずれて、判断も決断もできない自分に腹をたててばかりの毎日。
 昨日だって、話をしていて思わず顔を手で覆った。
 自分のできなさ加減に、苛立ってあきれた。

 わたしは、また明日からピンと背筋を伸ばして前に進むのだ。
 もう、人にうまく甘えようとか頼ろうとか、そんなことに囚われない。
 そんなことに足をとられて、わたしがわたしでなくなったら意味がない。
 決断も、人に委ねない。
 かわいげがなくても、わたしはやっぱり自分のことは自分で決めて、自分の足でがしがし進んでゆく。
 そうしていれば、たとえ結果に後悔したとしてもちゃんとそれを背負って前を向ける。少なくとも人のせいにするような醜いことはしなくてすむ。

 ひとまわりして手元に残った涙も後悔も過ちも、みんな肥やしにして。
 ゼロに戻った明日の朝日は、目が開けていられないくらい眩しいのだ。
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by fastfoward.koga | 2006-08-22 00:20 | 一日一言 | Comments(2)