言霊の幸わう国

<   2007年 05月 ( 26 )   > この月の画像一覧

ギブミー

 最近、印象に残った言葉。

 くるりのJUBILEEの歌詞。

 「歓びとは 誰かが去るかなしみを
 胸に抱きながらあふれた
 一粒の雫なんだろう」


 今週のドラマ「セクシーボイスアンドロボ」で、ロボがニコに言ったセリフ。

 「苦しい。
 しょうがないじゃん。すきなんだから。」


 今、もっともっと言葉がほしい。
[PR]
by fastfoward.koga | 2007-05-31 22:11 | 一日一言

よむかくねる

 本を読むスピードが上がってきた。
 この間の日曜日は、読みかけの小説の続きが気になって気になって仕方なくて、1時間睡眠時間を減らして読みきった。

 次の日から目の下のクマが消えない。

 今日も行ってはいけないと頭の中で警鐘を鳴らしながらも、本屋へ足を踏み入れた。
 あの警鐘はいったいなんだったのか!? と冷静な自分に冷静なつっこみを入れながらも、レジへと数冊の本を運んだ。

 今、文章力を磨くという通信教育のレポートをやっている。
 さっき3時間ほどでひとつ仕上げて、最後のレポートに手をつけている。
 最終問題は、テキストの書かれていた記述の条件を踏まえて提案書を600字~800字で書け、というものだ。

 いつでもどこでも本は読めるのに、いつでもどこでも書くことはできない。
 これは重大な問題だ。

 話すように書く。
 それは、話す言葉のように文章を綴るということではなく、話すラフさで書くことができるようになれば。
 わたしの文章力ももっと上がるのだろう。

 なんてごちゃごちゃ書いてないで、とりあえずレポートを仕上げねば。 
 まだまだ書きたいネタは、胸の中の抽斗にしまわれたままなのだ。
 順番待ちの列がどんどん長くなる。
[PR]
by fastfoward.koga | 2007-05-30 23:45 | 一日一言

JUBILEE

 くるり史上最高傑作と謳われた「JUBILEE(ジュビリー)」が30日、発売になる。

 発売前に、わたしはすでにタワレコで視聴していた。
 その日からずっと頭の中でサビの部分をくり返し歌っていた。
 何度も何度もくり返し歌った。

 くるりがふたりになって、正直心配していたのだけれど聴いて度肝を抜かれた。
 騒がしく人が行き交うタワレコの店内で、わたしはヘッドフォンをつけたまま立ち尽くした。

 人目を気にしなければ、泣いていたかもしれない。
 音に包まれて、心地よいと久しぶりに感じていた。

 そんなくるりの「JUBILEE」。
 いよいよ発売。

 サビだけ、視聴できます。ぜひ。
[PR]
by fastfoward.koga | 2007-05-29 23:49 | 一日一言

元カレ

 元カレと飲みに行った。
 元カレと言っても、もう干支もひと回り。
 店を出て、別れて、駅に向かいながら数えて思わず笑えた。

 わたしは、元カレに対してはともだちや同士というきもちが強い。
 でも向こうは会うと1度は「あのまま付き合っていたら」とか「あのときこうしていたら」ということを、必ず口にする。
 きっともう結婚してこどももいる余裕からなのだろう。
 と、わたしは余裕の笑みを浮かべる。

 彼はあと1週間で、妻子を京都に残して単身東京へ行く。
 今日はその壮行会のつもりで飲みに行った。
 だから、もちろんわたしの奢りだ。
 この歳になると、男性側は奢らせくれることが少ない。
 その点、彼はきもちよく「ごちそうさま」と言い、わたしに奢らせてくれる。
 そういうところが、楽なのかもしれない。

 また数ヶ月したら会えるか、ぐらいのきもちを残して店を出た。
 階段を降りて、それぞれ真反対にある駅に向かうことにそこでやっと気づいた。
 もうもしかしたら2度と会えないかもしれない。
 ほんの少し酔っ払って、わたしは送り出すための言葉をくり返した。
 
 手を振って別れて、2度振り返った。
 今まで1度もしたことがないことをした。
 2度目はどうやってもその背中を見つけられないとわかっていながら、もうひとつ向こうにある人通りの多い交差点に目を凝らした。

 電車に乗ってから、メールが届いた。
 メールには「お互い身体大事にして、いい長生きしよう」と書かれていた。
 数年前ではありえない言葉だ。
 同い年だけれど、お互いすっかり身体の心配をするような歳になったのだ。

 ふられたとき、あの人から得たのは道を教えてもらったことくらいだと言って泣いた。
 それももう遠い昔のことだ。
 思い出すと、笑える。

 今日も壮行会と思いつつ、結局半分以上わたしの話を聴いてもらった。
 申し訳ない。

 帰りの電車で、右手をかざして思っていた。
 この指先のどこかは、彼と過ごした時間や彼から感じたなにかでできているのかもしれないと。

 そんなふうに思えて、付き合える元カレは彼ひとりで十分だ。 
[PR]
by fastfoward.koga | 2007-05-29 00:00 | 一日一言

核心に触れず

 いつもの電車が地上に出ると、空は薄い色をしていた。
 青と桃色。
 そしてその間を取り持つ橙色。

 色合いのやさしさからか、その空を見てなにかが始まるような気がした。
 もう1日も終わり、太陽は沈んでゆくというのに。
 いったいどうしたことか。

 心に引っかかるものを見つけると、その正体が知りたくなる。
 わたしはそんな答え探しがすきなのだ。

 わたしの後ろへ後ろへと逃げようとする太陽の芯を、追った。
 首を伸ばし、左肩のもっと向こうへ視線を飛ばした。
 でも答えはビルに邪魔されて捕まえられなかった。

 芯に近づけば近づくほど、空は透明感を増した。
 そこには、ガラス玉みたいな甘さもあった。

 背の高い建物がなくなって視界が広がるころ、太陽は山の向こうへ消えていた。
 結局、答えは手にできなかった。

 首を捻る必要もなくなり、広げていた文庫本に視線を戻して思った。
 答えばかりを追わなくてもいいということか、と。
 たまにはその周りの余韻に浸れということなのかもしれない。

 そんなふうに納得させて、帰路へ着いた。

 ベスパにまたがったまま交差点で見上げた空は濃紺。
 どうして完全に陽が落ちたあとよりも、まだ少し太陽の光が残っている今のほうが空の色を濃いと感じるのだろうか。
 不思議だ。

 余韻には浸るけれど、やっぱり答えが知りたい。
[PR]
by fastfoward.koga | 2007-05-27 20:39 | 一日一言

期間限定

 どうだ!
 この柄にもない、かわいらしいスキンは!
[PR]
by fastfoward.koga | 2007-05-27 13:52 | 一日一言

経県値 更新

 経県値、あがりました。

 早く夏にならないかなぁ。
 今年の夏は青春18きっぷで、まるっと日本を巡るのだ!
[PR]
by fastfoward.koga | 2007-05-26 22:38 | 旅行けば

生と死

 本を探している。
 自分のためではなく、贈り物の本。
 いつも立ち寄る小さめの本屋ばかりを覗いているので、まだ見つからない。

 今日2軒目の本屋でも、その本は見つけることができなかった。
 ないものはないのだとさっぱりとあきらめて、自分用の本を物色することにした。

 数日前に訪れたばかりの本屋だったので、品揃えはほとんど変わっていない。
 手にする本はないかと思いつつ、そういう気分だったのか文庫1冊とハードカバー2冊をレジへ運んだ。

 途中、1冊の文庫本を手にした。
 タイトルを見て、ぱらぱらとページをめくり、著者の経歴を読んだ。
 出身を確かめて、探していた本だと確信した。
 でも元へ戻した。
 もう読まないのだ。
 わたしはその本を、おそらく一生読むことはないのだ。

 今までそういう巡りあいを、旬だと思っていた。
 でもそれは違っている。そんな一方的なものではない。
 本とわたしの波長。
 それが合うか合わないかが、正しいように思う。

 生かされる本。
 葬られる本。
 1冊1冊の本には、問題も責任もない。
 ただ波長が合わなかっただけ。
 それは悲しいけれど、そういう気分だったとあきらめるしかない。
 無力な本とわたしには、どうすることもできないのだ。
[PR]
by fastfoward.koga | 2007-05-24 23:11 | 一日一言

ワレココニシルス

 この間、自分がポストに投函したハガキを見た。
 どのハガキにも消印が切手に押されていた。

 当たり前のことだ。

 でも、それが妙にうれしかった。

 通常、わたしが書いて切手を貼って投函したハガキはわたしの手元にはない。
 相手の元に届いたら、もちろん戻ってくることもない。

 相手へ言葉を綴り、宛先を記し、切手を貼る。
 わたしができるのはそこまでで、それはハガキとしてはまだ未完成なのだ。
 消印を押されて、ハガキは初めて完成品となる。
 そのことに、わたしは今まで気づいていなかった。

 あちこちで投函したハガキの数々。
 ずらっとわたしの書いた文字が並び、同じだけ消印も並ぶ。
 我ながら、天晴!
 なんて壮観な眺め!
 こんなにも消印の押された自分の書いたハガキが愛しいとは。
 知らずに過ごした33年が、もったいない!

 ブログにも消印が押されればいいのに。
[PR]
by fastfoward.koga | 2007-05-23 22:32 | 一日一言

繋がり広がる

 今回の旅は、関東方面へ行くとだけ周囲に言い残し出かけた。
 そんなアバウトさでもってうちを出るわたしを、ハハはいつものように送り出してくれた。
 というより、33の娘はそう若くはないということなのか。

 金曜の夜、仕事が終わってから新幹線に乗り東京へ。
 埼玉に住む旅の友のところから土曜日は出発し、群馬・長野・群馬へと車は走った。
 日曜は新潟にまで足をかけ、そこからまた群馬・埼玉を経由し東京へ戻り新幹線に乗った。

 うちに着いて、自分の部屋にどかっと荷物を下ろすとタイミングよくメールが届いた。
 すきな人からだった。
 すぐに電話をすると、ゆったりした様子で彼は話を聴いてくれた。

 道のりを話し、食べたものを話し、目に映ったものを話し。
 それらを聴いたすきな人は、ともだちにはおみやげ買ってきた? とわたしに質問した。

 わたしはしばらく考えて、なんにもと答えた。
 そうなんにも買わなかった。
 みやげらしいものは、なにもない。
 すきな人にも親にもともだちにも、自分にも。

 すきな人はその答えを聴いてから、自分のための旅だったんだねとさらりと口にした。
 あまりの軽さにその正しさを間違えてしまいそうになったけれど、そうなのだ。
 今回の旅は、誰のものでもなく、どこまで行っても自分のための旅だった。

 旅に出ると、ついついいらないものまで買ってしまうことがある。
 それは今思うと、旅の高揚感を消化することができなくてすりかえていたのだとわかる。
 決して、悪いことではない。
 悪いことではないけれど、いつものせっかちさがせっかくの楽しみを逃していたような惜しい気もする。

 週末、わたしは自分の五感でキャッチしたものでお腹がいっぱいになれた。
 隙間などないくらい、空けてあった空間は埋められた。

 と、帰ってからまたじわじわと旅の味を噛みしめている。

 そう、感謝しなければ。

 旅の途中気づかなかったことに気づかせてくれたすきな人に。
 なにも言わず送り出してくれた両親に。
 みやげ話だけで楽しんでくれるであろうともだちに。
 そして、そんな貴重な旅に誘い連れ出してくれた旅の友に。

 旅することで繋がった世界は、旅から帰り世界を広げた。
 それが、思い込みでなければいい。
[PR]
by fastfoward.koga | 2007-05-22 23:03 | 旅行けば